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2.5 笑顔の日

昼休みに窓際の席で一人総菜パンを食べていたら、クラスメイトのR君が話しかけてきた。
「なあ、お前にいいこと教えてやるよ」
僕はR君とこれまで話をしたことが無い。
話が合うと思えなかったし、僕の場合は人と話すこと自体にかなりのエネルギーを取られてしまうので、相手が誰であっても極力会話をしたくないと思っていた。
しかし「教えてやるよ」と言うR君の言葉に「いや、結構です」と答える度胸も無く、僕はぼんやりとした目で成り行きを見守ることにした。
「お前の前にさ、笑ってる奴がいるとするだろ」
唐突な喋り出しだった。
「でさ、お前みたいな奴は相手が本当に笑ってるかとかそういう細かい感情的なこと?が分かんない訳じゃん。
で、そういう時にさ、相手の顔の下半分を隠すと目が笑ってるかどうかが分かんだよ。逆に上半分を隠すと口元の歪みとかで相手の笑顔が本気かどうかが分かるんだってよ。今度やってみ?」
なるほど、R君は僕のことを相手の本心が読めないことから仲間に入れないでいるコミュニケーション障害気味のクラスメイトだと思っていることだけは理解できた。当たらずとも遠からずだが、しかし何にせよ余計なお世話だ。
「ふーん、面白いね。試してみるよ」
僕は内心鼻白みながら、最大限の社交性を振りまいて(多分それでもはたから見れば鮮魚コーナーに並べられた魚ほどに無表情な顔で)そう返した。
「おう。俺クラスになると、そんなことしないでも相手のこと分かるしよ。これでお前も少しはマシになるといいなー根暗クン」
満足げに去ろうとするR君の太股が机に当たって、紙コップに注いでいた牛乳が数滴机にこぼれた。
「・・・ねえ。R君」
「ん、何だよ?」
振り向いたR君はまだ自分が大層良いことをしたと思っている人特有のやり遂げた顔をしていた。
「その笑顔の話、他の皆にもしたの?」
「ああ、嘘くせーとか言ってたけど。何で?」
僕は机の上で広がった牛乳の白い染みを見ながら呟いた。
「それでよく、そんな顔して笑っていられるね」
「・・・どういうことだ?」
R君の周りの空気がサッと変わったことに気がついたが、僕は知らないふりをして続けた。
「これまで撮ってる自分の写真で試してみれば」
口元を隠せば、人にどう見られているか気にしてばかりで落ち着きのない目元が目立つ。目元を隠せば左右非対称に歪んだ口の端が気になる。
相手の本心が読めすぎてしまうから人と話すことが疲れる人種がいるのだと、R君が思い至ることはこの先も無いだろうと思った。
それはとても滑稽であり、しかし喉から手がでるほど羨ましく幸せな人生だとも思った。
どうして急にR君がそんなことを僕に伝えてきたのかは分からないが、僕は何だか悔しくて、しかしはたから見れば変わらず魚のような顔をしながら総菜パンの続きを口に運び、ただ白く机の上に広がった小さな牛乳の染みを見ていた。

2.5 笑顔の日

#小説 #笑顔の日 #JAM365 #日めくりノベル

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