12.13 正月事始め・双子の日
「さーて!きょうからお正月の準備を始めますよ!」
朝食の片付けを終えたまり子さんは、窓越しに太陽に向かってひとつ大きく伸びをすると、満面の笑みで双子の娘に向かってそう言いました。
「おしょうがつ?」
「じゅんび?」
五歳の娘たちは、朝から元気満タンでリビングを走り回っていた足を止めて、並んで首を傾げました。
「なんで?」
「どうして?」
まり子さんは納戸から双子用に作ったお揃いのエプロンと三角巾を出して着せてみました。
「きょうはね、お正月に幸せを運んできてくれる年神様をお迎えするのにとってもいい日なの。すごいラッキーデーなのよ」
双子はまり子さんの楽しそうな雰囲気に、また円を描くように走り回って「ラッキーラッキー」と叫びました。
まり子さんもエプロンと三角巾をすると、自分は雑巾を、双子には羽根ぼうきを渡しました。
「これはね、ラッキーを増幅する魔法の杖よ。ほこりを綺麗に払って年神様が喜ぶ家にしましょう」
「がんばるぞ!」
「おー!」
そして双子はお母さんに手伝ってもらいながら、棚のなかやテレビの裏側、仏壇の上なんかを羽根ぼうきで綺麗にしました。
仕上げにまり子さんが布巾で拭くとあらゆるところがぴかぴかになります。
それが楽しくて、双子たちはますます張り切りました。
ですが、最後の一か所である低い書棚の上をどちらが掃くかでけんかになってしまいました。
猫の置物や古時計なんかが飾ってある書棚の上は、双子にとっては特別な場所でした。
「やだ!あたしがやる!だってリリちゃんむこうの方おおくやったもん!」
「やだ!やってない!あたしがやる!やだ!ララちゃんきらい!」
まり子さんはふむ、と腕を組んで考えました。考えている間に双子は羽根ぼうきで戦いはじめ、部屋中に大量のほこりが粉雪のように舞い散り床に落ちていきます。
「きらい!きらい!」
「やーだー!」
何度もぶつけあった二本の羽根ぼうきは、耐えかねたように同時に折れてしまいました。
「あらあら、まぁまぁ」
まり子さんがそう言うと、双子の娘たちは天井が割れるほどに大きな声で泣き始めました。それはそれは大きな声です。
まり子さんは折れた羽根ぼうきを手から離させると、二人をそのままその場に座らせました。
そして、まり子さんは頭を撫でようとする手を何度も癇癪で弾かれながら、二人が泣き止むのを待ちました。
本当はまり子さんも、日々の育児に疲れて泣きたい気持ちも心の片隅にありましたが、涙は出てきませんでした。
だんだん落ち着きはじめると、双子はぽつぽつと消え入るような声で話し始めました。
「お洋服、きたないになっちゃった」
リリの方がしゃくりあげながら言いました。
「洗えば綺麗になるから大丈夫」
まり子さんは力こぶを作って見せました。
「魔法のほうき、おれちゃった」
今度はララの方がふにゃふにゃとそう言いました。
「まかせて、お母さんが直してあげる」
まり子さんは戸棚にあったガムテープでそれぞれの羽根ぼうきの柄を出来るだけ真っ直ぐにくっつけました。
それを見せても、まだ双子はしょんぼりと下を向いています。
「「…おへや、ほこりいっぱいになっちゃった」」
悲しげなつぶやきにまり子さんは、双子の肩を優しく撫でながらこう言いました。
「そっかー。でもね、これから綺麗にするし、年神様ならちゃんとここにも来てくれるよ。大丈夫大丈夫」
それでも双子の笑顔は戻りません。
「どうしたの?何が気になってる?」
まり子さんは、理由が分からなかったので、二人に尋ねてみました。
まり子さんは子供として二人のことを守ること心に強く決めていましたが、いくら自分の子供でも双子はまり子さんではないので、分からないことは素直に尋ねることにしています。
最初は二人で目を見合わせたり、エプロンの裾をいじったりしていましたが、いずれ口を揃えてこう言いました。
「ママに喜んでほしかったの」
「ママにね、ラッキーいっぱいあげたかったの」
双子は、溢れたようにまたぽろぽろと涙をこぼしてわんわん泣きました。
まり子さんは、それを聞いた途端になんだか胸いっぱいに双子への想いが溢れてきて、二人を強く抱きしめて一緒に泣きはじめました。
「お母さんは、こんなに優しいあなたたちと一緒だもの、とてもラッキーよ。いつでもね」
そして、三人は疲れるまで泣くだけ泣くと、冷蔵庫に入っていた冷たいりんごジュースを飲みました。
泣いたらのどが渇くので、冷たいりんごジュースはとても美味しくて、三人は泣きはらした目でしばらくぼんやりしながら黙ってごくごく飲みました。
「はぁー、なんかお腹すいちゃったね。…お昼にしよっか」
部屋はまだほこりまみれですが、とりあえずはご飯とお昼寝です。
きょうはリビングはほこりっぽいから寝室に小さいテーブルを出してお昼を食べよう。
そう思うとまり子さんは少しワクワクしてきて、掃除は後回しにして冷蔵庫を覗きました。
双子は眠くなってきたのか目をこすりながら「ごはんなんだろうねー?」とむにゃむにゃ頬を寄せ合いました。
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