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12.2 日本人宇宙飛行記念日

今はもう当たり前のことになってしまったけれど。
「じゃあ、ちょっと火星に遊びに行ってくるね」
ターミナルで母と別れる。
私がこれから向かう火星は、一般的には赤い惑星と呼ばれている。
太陽系にある惑星は、それぞれの星のカラーを割り当てられていて、街並みもお土産品も星旗も、それぞれのカラーを基準として作られている。
地球は青、月は黄色、土星は茶色というように、古代の人たちがイメージした色がつけられたらしいと学校で教えられた。
短時間で惑星間を繋ぐスペーストレインが開発されてからというもの、それぞれの星の距離は急速に縮まっていった。
つまり、宇宙が縮小しているようなものである。それぞれの星で文明は発達し、国の縮小から星の縮小、さらには宇宙の縮小が未だ加速度的に続いている。
「緊張してきた」
チケットをかざして保安検査ゲートをくぐる。
その先にある待合室になっている半球状のドームには、すでに老若男女さまざまな人たちが集まっており空いている席が少なくなっていた。
ドームの中央にある時計塔は銀細工の鳩の群が飛び立つ様を模したもので、無数の鳥たちが螺旋状に円を描き、全体として球体の地球をあらわしている。
地球の人々は総じて気難しいが情に脆く、手先が器用で美しく繊細なものを作るというのが宇宙的見解らしく、外から遊びにきた者たちのほとんどは、地球の玄関口にあたるこのドームでこの時計塔を記録におさめていく。
今も三、四の他星のグループが時計塔の前で羽ばたくポーズをとりながら記念写真を撮っている。
しかし、私は手先が器用でもないし、どちらかというと社交的な方であり、宇宙的見解というのは大雑把なくくりだなと辟易している方だ。
これだけいる人数から無作為に一定数ピックアップして鍋で煮てスープの味を決めているようなものだ。
統計は私を示さないし、私は統計をデータ以上には信じない。
ひと組の親子が離れたので、時計塔の周りをぐるりと囲む海の波をイメージしたベンチに腰掛ける。
「大丈夫、きっとうまくいくわ」
私は落ち着きなく何度もカバンの中身を確認した後、深呼吸をしてそう唱えた。
火星で待つのは、初めてのボーイフレンドだ。
オンライン上の趣味の集まりで意気投合し会うことになったが、これまではメッセージのやり取りしかしておらず声も分からない。
彼はとても優しく、ユーモラスで写真の笑顔も可愛らしくて、簡単に言ってしまえば私のタイプだった。
会うことになったのは彼の提案からだったが、乗り気で計画を進めていったのはむしろ私の方だ。
「あぁ、緊張する。緊張する」
組んだ両手を額に当てて小刻みに足を鳴らしたが、緊張はますます高まるばかりだ。
メッセージの感じと違うと言われたらどうしよう。相手の想像より可愛くなかったら。会話が弾まなかったら気難しい地球人だと思われるだろうか。お土産は星の砂で合っていただろうか。馬鹿みたいだけど、統計上の火星人のように実は怒りっぽかったら。
不安は考え出すとキリがなく、頭の中で彼の存在がぐるぐると渦を巻いては私の視界を狭くしていくようだった。
頭を抱えているうちに、私の乗るトレインの呼び出しがかかった。
「行くしかない。大丈夫よ。人間は宇宙に行けた。そして私は、彼に会える」
今はもう当たり前になってしまったけれど。
きっと初めて宇宙に行った人たちは怖かったにちがいない。
でも、その恐怖や不安と同じくらいかそれ以上に、未知を、そして可能性を知りたかったのだと思う。
「ワクワクしていきましょう」
膝をぱんと打って勢いよく立ち上がる。
どうせ行くと決めたなら、未知との遭遇は楽しいものにしたい。
出発の予鈴が響くなか、私は慌ててトレイン乗り場に向かって走り出した。

12.2 日本人宇宙飛行記念日
#小説 #日本人宇宙飛行記念日 #宇宙 #JAM365 #日めくりノベル

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