6.23 オリンピック・デー
四年に一回なんて決められているから、目標にしやすくて、今日も今日とて焦燥感に襲われる羽目になるのだ。
東京オリンピックに向けて着々と準備が進められている、と鼻声の可愛らしい声でラジオが告げた。
亜紀はパタゴニアのTシャツとベージュのショートパンツというおしゃれなのか手抜きなのか分からない楽な格好で一人がけのカウチソファーに座りながらうとうととしていた。
今日は休みだ。
亜紀はサービス業に就いているので休みは平日が多い。
「花の独身貴族。広めの部屋に一人暮らし」
あくびをしても一人。
平日に遊べる友達は皆結婚して子育てに追われている。
遊びに行くたびに「東京オリンピックまでには結婚するわ」と言っていたが、未だ彼氏どころか好きになれそうな人すら出来ないため顔を合わせづらくなった。
そうじゃなくても、私に構っている暇などないはずだ。
幻想だとは分かっていても、亜紀は自分以外の全ての人が忙しいように思えてならなかった。
外は雨。気温も高い。
サイドテーブルに置いた汗をかいたビールグラスの横にあるリモコンを取って、めくらで電源を入れる。
ややしばらくして、除湿にもかかわらず冷房より冷え冷えとした風が半袖の腕の隙間からTシャツに滑り込んできた。
「ナッツとビール。最高の午後だね」
気づけば東京オリンピックの話題は終わり、介護の悩み相談が始まっていた。
「誰だよ、最初に東京オリンピックまでには彼氏作るとか言ったの」
一年に何度、年末のような複雑な気持ちを味わえばいいのか。
一年はあっという間だ。今年だって瞬きする間に半年が終わろうとしている。
遠くに思えた東京オリンピックは、いつしか現実味を帯びた少し先の未来になっていた。
「あーあ。大丈夫だよ。ロマンスは突然に、だ。焦るなよベイビー」
雨の午後に、ビールを一口飲んで目を閉じる。
灰色の世界から身を守って、亜紀は小さく丸まって眠りについた。
除湿設定の風が、懸命に部屋の空気を混ぜて観葉植物の葉を揺らしている。
広範囲で降る雨が、東京オリンピックに向かう街を濡らし、また季節を早回ししようとしている。
6.23 オリンピック・デー
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