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7.6 記念日の日

熊野只臣四十二歳は四畳半の部屋の中央で、ちゃぶ台に乗せたグリーンガムを見ながらにこにことしていた。
熊野の風貌は、ほんとうに熊によく似ている。
上背があり、肩幅が広く背中が大きい。
肉付きもいいことと、黒い服ばかりを好んで着ることで、よりその熊感は増している。
大きくて四角い顔に、思いがけずつぶらな瞳がはまっている様などは、熊の純粋性を表しているようにも思う。
凶暴さはいっさい感じないことから、どちらかと言えば野生ではなく、物語や童謡に出てくるような熊に近い。
気が小さくお人好しの熊野は、これまで懸賞やくじに当たったことのない人生を過ごしていた。
幼少期の夏祭りで引いたくじに始まり、漫画雑誌の懸賞や商店街の福引き、クラス会のビンゴ、職場の忘年会でのくじ引きなど、何一つとして当たることがないどころかかすりもしなかった。
「良いことをしていれば、その対価が思いがけない幸運として入ってくる」とは、熊野の祖父の言葉であったが、熊野はどうにも優しさを搾取されるばかりで対価らしい対価が返ってきてはいないようだった。
「ぼくの、初めての当たりだ」
七百円以上買うと引けるというコンビニのくじも、これまで幾度と無く挑戦し続けてきた熊野であったが、もちろん結果は全て応募券であった。
諦めずに応募券を使って出した懸賞も当たらず、何も届いたことはない。
「諦めなくて、良かったなあ」
正直なところ、熊野はもうハズレを引きたくないがために、懸賞やくじの一切を断とうと思っていたところだった。
当たらないと分かっていてもくじを引くとなれば、また懸賞に応募するとなれば、どこかで勝手に期待をしてしまう心が芽生える。
それに振り回されて毎回ちょっとだけがっかりする負荷を負いたくないと思っていた。
「でも、おれは諦めなかった」
八百四十円分買い物をして、くじの箱を示された。
正直しまったと思った。くじの期間だとは気づいていなかったのだ。
断ろうと思い口を開きかけたが店員になんと説明してよいか分からず、更に昼時のためか背後には列が出来ていたので大人しく一枚くじを引いた。
「当たる時って、前触れとか当たった感じとか無いものなんだなあ」
百円くらいのグリーンガムでも、熊野にとっては人生初めての当たりくじだ。
店員が素早くくじと商品を交換してくれるのを見て、信じられないような気持ちだった。
帰り道も、何度もポケットからグリーンガムを出しては眺めた。
これが夢か幻で、気づくとガムは消えてしまうのではないかと疑っていたのだ。
「なんか、洞窟の話思い出したな。あとちょっとで宝石が出てくるのに諦めちゃう人と、諦めずに掘り続けている人の絵・・・」
もしかして、これは当たり人生の始まりなのかもしれない。
「まさか、ね」
自分の大それた発想に照れて頭を掻くと、熊野はグリーンガムを手製の神棚にあげて手を合わせた。
そしてボランティアでやっている近くの神社の境内の掃除に行くことにした。
竹箒と頭に巻く用の工務店でもらったタオルを掴み、外に出る。
梅雨の晴れ間が街を包んでいた。
久しぶりの太陽光線に世界が何段階も明るく見えて、熊野は眩しさに目を細めると空を見上げて微笑んだ。


7.6 記念日の日
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