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エンターテイメントが好きだ。
今日、不意に自分の写真フォルダーを俯瞰してびっくりした。
会ったことのない人間ばっかりだった。
すなわち、画面ばかり。テレビしかりパソコンしかり。

その代わりに、見ただけで胸に込み上げて来るものがある写真ばかりだった。
それらは、授業のスライドやネットニュースのスクリーンショットからは感じられない感情ばかりだ。
なぜ、そんなに伝わって来るんだ。
だって、相手は”演じて”いるじゃないか・・・
なのに、その人の人間らしさをどこかから見ようとしてしまう。

私は、演じることが上手くない。
俳優さんの中には、「自分と違う人になれることが楽しい」と言う人がいて、喋り下手な自分も、いつかはその感情を抱くようになると思っていた。
けど・・・どちらかというと、自分が他人の振りをしてるのを見られることに対する評価懸念の方が大きくなってしまった。

「キングオブコント」と「M-1」という大きなお笑いの大会がある。
そのせいだろうか、お笑いにわかの私にとって、お笑いとは「コント」と「漫才」である。
「コント」は演じるものだ。「漫才」は喋りだ。
そう思ってるから漫才って自然なやり取りだとどこかで思ってたんやな。

いやいや、漫才って、演じているやり取りだよ!
笑わせるための計算があるんだよ!
M-1を見ながら、演じる人たちの姿を見ながら、そう思った。
それにしても。どうやって計算してるんだ・・・
お笑いに理論なんてあるのか・・・?
聞いたこともない。

人をあれだけ笑わせるなんて、快感だろうな~!と思いながら、演じることを考える。



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つめだ えん
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