ボンファス~Bon the first~
母が死んだのは父の初盆前の事であっという間だった。電光石火で死んだ。ラン&ガンだった。スラムダンクで言ったら豊玉高校。まあ母親の場合はラン&癌だったけど(笑)
で、父の時と同じ手順で、死亡届出して火葬の許可貰って葬儀ホール行って火葬場行って火葬して御寺に御骨をお預けして、次の日葬儀して初七日して御骨を墓に収めて戒名をいただいて。で、その後もなんやかんやとその事を周りにお伝えしたりして。でもその最中、その最中も、一応一通りの事が終わってからも母はずっと家にいた。彼女は死んでからもずっと家に居た。御骨がどうこうって言う比喩じゃなくて。母親はいた。家に居た。普通に居た。なんで居るんだろうと思っていたが、その理由に一つの可能性を発見した。
「この人は父を待ってるんじゃないか」
初盆に帰ってくる父を。
っていうか、父親は初盆になるんだけど、去年死んだから。だから今年のお盆が初盆という事で文句ないんだけども、でも母親はどうなんだろう。こういう時ってどうなんだろう。母親が死んだのはお盆の前、一か月ほど前。お盆の段階でもまだ三十日くらいしか経過しない。四十九日も経たない。それにその他にも多分色々と細かく決まりごとがあるだろう。携帯の約款、説明書みたいに。
だから、これは初盆と言えるんだろうかという事が疑問だった。父と母の死の間には九か月にも及ぶ期間が存在する。一学年の四月生まれと三月生まれみたいな感じがあるじゃないか。隔たりが。それなのに父も、それに母も、死んだばかりの、まだ死んでほかほかの、ほっともっとな母親は初盆になるんだろうか。一回あっちに行かないといけなかったりするんじゃないのか。昔、田舎のばあちゃんが死んだ時、葬儀にお坊さんが来て、
「死んだ方の為に手を合わせてください。それが死んだ方が極楽浄土に向かう道程を照らす光となります」
って言ってたよ。あんたまだ行ってないでしょ。まだでしょ。三途の川渡ってないでしょ。そうやって父親待ってるみたいだけど、いいの。それはいいの。合法ですか。しかし母はどこ吹く風であった。彼女は生前の彼女がそうしていた様に気が付けば洗濯を干し、掃除をして、さすがに買い物には行けないみたいだったけど、私に買ってくるもののメモ寄こして料理をして、夜になったら風呂に入った。発泡するタイプの固形バスクリン入れて。タブレットでドラマを見て、外出した私にラインでメッセージを送って来た。
いいのかなあ。私は不安だった。でも手だてがない。念仏を唱えても効かないし、塩蒔いても掃除された。彼女は死んでからも生前と変わらない母親のままで過ごしていた。
お盆になるとキュウリとなすに割り箸を刺してそれを仏壇に飾る。精霊馬だ。あれはきゅうりが馬で、なすが牛なんだそうだ。
お盆になってこちらに来る人達はまず馬に乗ってやってくる。つまりキュウリの方に乗って来る。そして帰りはなす、牛に乗ってあっちに帰るらしい。こっちに来る時は速度重視で、帰りはゆっくりあちらに帰っていく。
お盆、父にとっての初盆、母親はどうか知らない。が、いよいよ来るとすぐ父が帰って来た。家の前からクラクションの音がして、外に出てみると父がいた。父はハイエースワゴン(十人乗り)に乗って帰って来た。父の他に初盆じゃない祖母も乗ってた。祖母の親戚のおばさんも乗っていた。大宮のおじさんとその奥様、大宮のおばさんも乗っていた。母親の母、雄和のばあちゃんも乗ってた。母親の兄、雄和のおじさんも乗っていた。あと群馬のおじさんと岩出山のおばさん。父以外全員初盆じゃない。とっくに死んだ連中。
「パンパンじゃないか」
私は思わずそう言っていた。みんな家の前に路駐したハイエースから降りるとそれぞれが勝手に家に入っていった。全員が玄関から入らないで壁を抜けて家に入っていった。
私が玄関を開けて中に戻ると死んでからもずっと家いた母親と初盆の父が仏壇の前で抱き合っていた。親のそう言う所は見れたもんじゃないと思った。また周りの連中もそれを囃し立てる様に飛んだり跳ねたりしていた。
それから三日ほど、お盆の期間中、私はその連中、輩、ⅮQNの一団と化した、死んだ人間達を相手にホストのような事をさせられた。酒が無いってなるとイオンに買いに行かされた。ついでにオードブルも買って来いってなった。寿司もとらされたりした。
人間死んで諸々の事から解放されるとこうなるんだな。と思った。でも父は生前と同じようにラジオを流して、パソコンを付けてdTV(現レミノ)を垂れ流して、最近読んだ面白い本の事を語った。甲子園も見てた。
お盆の三日目、散々好き勝手していたDQN共がようやく帰るとなると、皆さっさとハイエースに乗り込んでいった。それぞれ手に缶ビールとか日本酒の瓶とかを持って。そんで、母親もそれに乗るらしかった。あと、お前も途中まで一緒に来ないかと誘われた。
「もうハイエースは満員だよ」
でも、そんなの構わないという。こっちはもう死んでるんだからあ。と誰かが言って、それに歓声のような笑い声が起こった。
断れそうもないので乗ったけど、すぐに後悔した。ものすごく。車内がすげー騒がしくて。みんな思い思いにくっちゃべってるし、なんか食べてるし飲んでるし。私はあれを思い出した。ホームアローンのお母さんが帰る時に乗せてくれたポルカの楽団の車。あれを思い出した。それからあと、EGO-WRAPPIN’のGO ACTIONのプロモ。ⅯV。最後、車ごと風船で飛んで虹の向こうまで行く。空の彼方まで。太陽が輝いている空には沢山の風船が飛んでいる。Twitter(現X)で誕生日迎えた時みたいなさ。