落下眼鏡
土手沿いの、秋ヶ瀬橋から大宮方向に土手沿いの道を歩いて、散歩しておりました。まだお昼過ぎの事でございました。よく晴れた陽光の暖かな、瞬く間に過ぎ去る秋の、しかしそれはまだ秋口とも思われるような、風も無く、良い天気の日の事でございました。土手沿いの道、そこを歩きますと、眼下にはまず浦和ゴルフ倶楽部の芝、ホールが見えるのです。わたくし、ゴルフの事には疎いものですので、それ、ゴルフクラブの敷地、その光景をどうやって、なんと言えば良いのかわからないのです。反対側には荒川が、幅広の荒川が、満々と、我が物顔で流れております。ゴルフ倶楽部の敷地が終わりますと、秋ヶ瀬公園になります。すぐに、一寸の間もなく。景色は、秋ヶ瀬公園に変わるのです。秋ヶ瀬公園の至る所に、色々な、様々な人が居られるのが見えます。何をやっているのかは存じ上げません。秋ヶ瀬公園には野球場もサッカーコートもラグビーコートも、ラジコンのレースが出来る広場もあります。しかし、そういう場所に居るからと言ってその方々が、野球をやっていたりサッカーをしていたりするとは限りません。様々な方がおられるからです。わたくしはそんな光景を見るともなく、しかし時々はじっと立ち止まって眺めたりしながら、土手沿いの道を歩いておりました。その道の上ではよくジョギングをされている方や、ヘルメットを被ったロードバイクに乗った方々とすれ違ったり、後方から追い抜かれたり致します。人気のある道なのです。家族連れが仲睦まじく歩いている様子などを見ることもできます。天気の良い日には、まことにすがすがしく気持ちの良い道なのです。
そんな川沿いの土手の道をある地点まで歩いていくと、秋ヶ瀬公園の木々、林、緑の先に区役所が見えてまいります。区役所の大きな建屋でございます。その区役所には、図書館、体育館なども併設されております。大きな区役所なのです。土手沿いの道には有難い事に、その区役所に向かう曲がり道もあるのです。わたくしはその道を曲がって区役所に向かいました。その道の途中で秋ヶ瀬公園は終わり、今度は田畑の広がる光景に姿を変えます。そこからもう少し行くと鴨川という名の用水路が見えてまいります。荒川の様に我が物顔という感じは無く、晴れている日は流れていない様にも思えます。その鴨川まで行けば区役所までは、あと少しでございます。
そんな時でございました。わたくしが道の両側に広がる田畑を眺めながら、秋、あっという間に過ぎ去ってしまう昨今の秋の事でございますので、既に収穫なども終わってしまっているのでしょう。半ば荒れてしまったかのように見える、もはや放棄されてしまったかのようにも見える田畑の露出した土を眺めながら歩いておりますと、その地面の上、ついに放棄されてしまった寒村、限界集落の山肌に造られた棚田の様な土の上、わたくしの目の前のそこに、何かが落下してきたのでございます。その瞬間、ぼとりとも、ぼてんとも、音はいたしませんでした。ただ、音もなく、ぽとりと。わたくしがたまたまそこでそれを見ていたから、だから気がついたと思えるくらい、さり気ない。さり気ないなどというと、おかしな感じもあるかもしれませんけども、しかし、それはさり気なく。正にさり気なく。気がつかれなくてもいいやというような。そんな雰囲気を伴って落ちてきたのです。落ちた瞬間、周りの土が少しだけ、ぽっと舞い上がりました。収穫を終えた為に、土を手入れしていない。来春、冬の終わりの頃からまた手を入れるのかもしれませんが。しかしですから、陽光に照らされて地面、地表面が乾燥していた為に、それ故に、落下物の落下のちょっとした衝撃によって、土が舞い上がったのでしょう。それにした所で、ほんの少し、少々の舞い上がり程度の事ですが。
何かが落ちてきた。わたくしはそう思い、その落下物よりもまず空を仰ぎました。よもや、雨でも降ってきたのだろうか。そう思ったのです。急に天候が変わったのだろうか。そう思ったのでございます。しかし、空には青空が広がり、先ほどと変わらず太陽からの暖かな光が降り注ぐばかりでございました。わたくしは不思議に思って首をかしげつつ、それからようやく、落ちてきたものを見たのです。見るとそれは眼鏡でございました。
空から眼鏡が降ってきたのでございます。
突然に、何の前触れもなく。空からお洒落フレーム眼鏡が降ってきたのでございます。
わたくしは驚いてしまってどういう事なのだろうと、再び空を仰ぎ見ました。その時でした。かちゃんと音が致しました。わたくしはどうしたのかと思い、再び眼鏡、落ちてきた眼鏡に視線を戻したのです。するとそこには、もう一つの眼鏡が御座いました。かちゃんと言ったのは、斥候、最初の、一つ目の眼鏡にその眼鏡が当たった。ぶつかったからでしょう。また眼鏡が降ってきたのでございます。プラスチックのフレームの。針金のではない。眼鏡が降ってきたのでございます。
その後すぐに三つ目の眼鏡が落ちてきて。四つ目が落ちてきて。そしてそれから暫く眼鏡が降り注ぎました。わたくしの見ている目の前で。地面に。放棄された様な土の上に。その場所だけに。大量の眼鏡が降り注ぎました。暫く。しばらく。どれくらいの間、時間だったのか、わたくしはただぼんやりと見ているだけでしたので、記憶しておりません。
家に帰ってからゾフとジンズに問い合わせのお電話を致しました。眼鏡のフレームが大量に無くなってないですかと。どちらも素気無い対応でございました。何を言っているのかわからないという風でございました。考えてみれば当然だと思います。OWNDAYSにも問い合わせを致しました。浅野忠信さんがCMに出ていたOWNDAYSです。かねてよりOWNDAYSの眼鏡に興味がありました。良いきっかけになったと思います。
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