玉
そもそも最初は日曜日というのが無かったんだという。最初は日曜日なんて存在しなかったんだそうだ。
「権力のある方や偉い人はそれでも良かったそうですが、だから民衆というのはそれではよくない。となったみたいなんですね。まあ、そうですよね。休みも無く生きることはできませんから」
なるほど。それはそうかもしれない。しかし権力者や偉い人の大半がそうであるように、民衆のその願いはなかなか聞き入れてもらえなかったんだそうだ。いくら望んでも日曜日という日の誕生、制定は叶えられなかった。権力者や偉い人は最初それが民衆の怠惰につながるのではないかと、そういう風に考えていたらしい。怠惰はつまり、生産力の低下や労働力の低下をもたらすのではないかと。それもまあ、わかるといえばわかる。上の人間の考えそうなことだ。下々の人間を人間としては見ていなかったんだろう。パンが無かったら的なやつなんだろう多分。
「でも、それでも諦められなかった民衆は何をしたと思いますか?」
なんでしょうか。一揆とかですか。暴動とか反乱とか。デモとかですか?
「いえ違います。それは、それらの類の事っていうのは存外に近代的なものなんですよ」
近代的なもの。はあ。なかなかイメージが出来ませんけども。
「民衆は願いました」
願った? 何を願ったんですか。何に願ったんですか。
「何かにです。これは人によって違ったそうですけども。例えば信仰であったり、神様であったり仏様であったり。太陽であったり。先祖であったり。未来であったり。石であったり。言葉にも出来ないものに対してであったり。そういう己の中にある対象に」
己の中にある確固たるものみたいな事ですか。
「確固たるものであったかどうかはわかりません。困った時だけ助けを乞うていたりする方も沢山いたでしょうから」
でも、今もそうですけども困ってない人なんて居ないでしょう。
「そうですね。ですからまあ、確固たるものというよりは、自然にあったものというか。いつも自然に自分の中にあった、居た物。自分の中のもの。常に側にいた。置いてあったものというか。だから、人によって、生まれによって、地域によって、それは千差万別だったとは思います」
なるほどなあ。じゃあ大好物に願った人もいるかもしれませんね。
「そうですね。好きな人、想い人に願った人とかも居たかも知れません」
ふーん。
「その結果、日曜日は生まれました」
ええー。いやまあ、話の流れからして、その結末になるのはわかってましたけども。でも、えーってなります。それはもうなっちゃいますけど。
「俄には信じられないですか」
俄とかじゃないです。全然信じられないです。
「そうですよねえ」
それは、そうですね。日曜日が生まれたとか言われても。曜日ってそんなに生まれたりするもんじゃないと思ってましたので。
「しかし、あるという事はどこかで生まれたという事ですから」
まあまあ、それはなんかわかりますけども。日付とか、カレンダーとかもそうだろうなって思いますし。季節とかね。時間とか。あとうるう年とかっていうのもありますから。まあ、それはなんとなく、わからないけどわかるっていうか。わからないけどわかりますよそういうのは。なんとなく。
「日曜日が生まれた時の民衆はそれはもう、感謝しました」
感謝ですか。お祭り騒ぎじゃなくてですか?
「感謝です。お祭り騒ぎになるような感じではなかったんです。ある時、ふと、不意に、日曜日が、休日が誕生していたものですから」
ある時不意にですか。
「そうです。全く不意に、ある時から、あれ、っていう感じで、なんか居るっていう感じで」
あ、なんかこれ日曜日じゃねえかっていう感じですか。
「そうですねえ。そういう感じでしたねえ」
それってビビったりとか、キョロったりとかしなかったんですかね。
「しましたよねえ勿論。最初は不安だったと思います。ホントに休んでいいのかなみたいな感じがあったでしょうねえ」
いや、まあ、もしそれまで日曜日が存在してなくて、急にそんな風に出来たっていうか、生まれたっていうか、気が付いたらあったりとかしたらそれはまあ、そうなるでしょうねえ。
「だから、最初の日曜日なんてもう厳粛だったんですね。祈りの日というか。そういう日だったんですね」
まあ、お祭り騒ぎにはならないですかね。
「そうでしょう」
それはまあ、確かに。
「それから一年が経過した時、日曜日が世界に生まれてから一年経ったそのメモリアルな日曜日。それを民衆は完璧な日曜日として保存しようとしました」
保存。保存ですか。
「そうです。それがこれです」
北浦和にある埼玉県立近代美術館に行ったら、日曜日展というものが開催されていた。絵やら像やらが展示されており、その一番奥に、ボーリングのボールくらいの大きさの玉が、いかにも特別という感じでおかれていた。外面はガラスなのか透明で、中央に緑やら青やらの配色で何かが描かれているのか、あるいはそれに意味なんてないのかわからないけど。とにかく置かれていた。それを見ているとなんか薄暗いところから男の人が出てきて話しかけられて、そういう話を伺った。
「これが完璧な日曜日なんですか」
この球体が。
「そうです。そうですけども、でも、実は違うともいえるんです」
「え? なんすか違うって」
「世界中の人間が日曜日を願いました。その結果日曜日が生まれました。だから日曜日誕生から一周年の日曜日を完璧な日曜日にしようと思いました。しかし、そこである人間が、それは日本人なんですけども」
「日本人?」
ジャポンが出てくるのその話に。なんとなくヨーロッパとかの話だと思ってたのに。
「完璧な日曜日を。完壁な日曜日って書いちゃったんですよ」
「完壁ですか」
「そうなんです」
はあ……。
「その結果、完璧な日曜日は完璧な日曜日ではなくなってしまったのですね」
「そうなんですか」
「はい。日曜日、明日は休みだって思うと、色々と予定を立てますよね」
「ああ、はいまあ。映画を10本観ようとか、洗濯しようとか考えますね」
「実際それ出来ますか?」
「……」
出来ないですねえ。できませんね。ずっと寝てたりしますね。ずっとお酒飲んで内さま観てるとか、旅猿観てるとか、そういう感じになっちゃいますねえ。確かに。確かにそうですねえ。
帰り道、ふと、あれはバベルの塔とか、アダムとイブの話とか、パンドラの箱みたいな話なのかなあって思った。それにしても日本人が出てくるのはちょっとなって思ったけど。でもまあ、あれで、あの話で色々な所を回ってるんだとしたら、それはそれですごい事だしなあ。