「安全な場所に入れられているといっても、捕らわれていることに変わりはないさ」
と、誰かが言った。
そこはバンカーだった。バンカーは地下にあった。私は何もわからず、ただ皆に連れられて、人の流れに逆らわずに、ただ身を任せた。その結果バンカーに連れていかれた。空がピカッと光った瞬間、人々は叫んだり、パニックになったり、駆け出していこうとしたりした。逃げて行こうとする人たちもいた。どこに逃げるんだろう。そう思った。その中でも比較的冷静な集団だった中の一人が「こっちだ」と言った。するとそこに向かう人の流れが出来た。川の流れの様にまとまった人の流れ。そうして区役所の入った事ない部屋に連れていかれて、そこにあった螺旋階段を100段くらい降りて、それからエレベーターに乗った。三回くらいに分けて今まで見た事もないような大きなエレベーターに乗った。大きなエレベーターだった。フォークリフトが二台か三台、一気に運べるような大きな。業務用のエレベーターよりも大きなエレベーター。そうして降りた先に、そのエレベーターよりも更に大きな頑丈そうなドア、扉。ゲートがあった。そこが、そこはバンカーだった。
「とにかく一回落ち着こう。座ろう」
最後の、三回目のエレベーターがおりて来て、それに乗っていた人間を全部収容し終えると、バンカーのゲートは閉まった。ゲートのロックが、ガチャン。という重厚な音をさせて閉まると、ロックされると、男が言った。ゲート近くで肩で息をしていた男がそう言った。「一旦落ち着こう。これからの事を考えよう」泣いている人が居た。うずくまってしまって動かなくなってしまっている人もいた。私はうずくまってはいなかったが、とにかく男がそう言う前に既に座っていた。床、リノリウムみたいにつるつるとした。光沢のある床。
「あの光はきっと、核の光だ」
誰かが言った。空がピカッと光った。あの光は核ミサイルの光だ。そう言った。誰かが叫び声をあげた。
「第三次世界大戦がはじまったんだ」
また別の誰かが言った。誰が核ミサイルを発射したんだろう。誰が。どの国が。分からない。有識者のような人達が床に座ったまま、各々にネクタイを緩めたり、ハイヒールを脱ぎ捨てたりしながら話を始めた。コガコンではないか。コガコン共和国ではないか。そんな事を言う人が居た。するとその途端に、そうだコガコンだ。コガコンに違いない。という声が集団の一部分からあがった。
私はコガコンを知らなかった。コガコン共和国というのを知らなかった。そういう国があるのをはじめて聞いた。本当なんだろうか。でもとても聞けるような雰囲気でも無かった。だからとりあえず黙っていた。ドッキリ的なものを疑っていた。だって、そんなのおかしい。でも黙っていた。泣いている人が居た、うずくまったまま動かない人もいた。ワイシャツの肩の部分が切れている人もいた。服が汚れてしまっている人達も居た。私も、それなりに。ここに、バンカーに来るまでの間に、避難している間に、いつの間にか、どこでぶつけたのか引っかけたのかわからないけど、服の一部、履いていたズボンの膝の所に穴が開いていた。着ているシャツも汚れていた。左手の中指から血が出ていた。とりあえず黙っていた方がいいと思った。だから黙っていた。黙って話を聞いていた。コガコン共和国は、まだ新しい、新興の国らしかった。コガコン=ナナを元首として起こされた国らしい。新興時に秘密裡に各所から人材を集めてもいたらしい。技術者や、科学者とか。そうして秘密裏に色々な事への準備をしていたらしい。核を持っているのではないかという懸念は新興時からあったらしい。世界が注視していたらしい。そうなのか、世界が注視していたのか。私は知らなかったけどなあ。そう思った。世界が注視していたっていう割には核ミサイル撃たれてるし。Xなどで秘密裏に呼び掛けていたりもしていたらしい。Xを使ってる時点で秘密裏じゃねえけどな。そう思った。彼らには秘密の合言葉があったらしい。それをポストすると、あなたに従います。みたいな意を示すらしい。そして近いうちに召集されるらしい。その言葉ポコルペという言葉だったらしい。ポコルペ。彼の国の言葉らしい。ポコルペは救済を求める言葉だったらしい。
「ここは何なんですか」
集団の中のまだ比較的冷静な、一人の人間が言った。私も気になっていた。ここは何なんだろう。「バンカーだ」それに対して帰って来た言葉はそれだった。バンカー。私はゴルフ場の事を思い浮かべた。でもうまく思い浮かべられなかった。ゴルフをした事が無いからだ。山を崩して自然を切り開いて建造された。ゴルフを思い浮かべても、そういう事をしか思い浮かべられない。バンカーには、砂の窪地という意味と掩蔽壕という意味があるらしい。ここでのバンカーは後者の意味らしい。そう言えば、エンドオブホワイトハウスの映画でも大統領が避難する所の事をバンカーって言ってた気がする。要はシェルターだ。バンカーとシェルターだと意味が違うんだろうか。安全強度とか仕様建材とか違うのだろうか。耐久性とか収容可能人数とか。
「有事の際の為に、各県、各自治体に設置義務が課されていたんだ」
有識者の男の人が言った。そうなんだ。勿論そこに、区役所にバンカーがあるなんて私は知らなかった。区役所に。そこはただの区役所だった。図書館と区役所が併設されていて、二階や三階にはキッチンスタジオとか、コミュニティールーム、パソコン教室のある、まあ、ちょっと大きめの区役所だった。隣に大き目の体育館がある。川の近くの。こんな所にそんなもの、バンカーが、シェルターがあるなんて。
私は一つも知らなかった。
それで、
これからどうするんだろう。
それに、
私はここにいていいんだろうか。
新興国コガコンが秘密裏に、Xで合言葉、暗号、ポコルペを使って人材を集めた。それと同じようにシェルターに入る人間にも何かしら技術なり知識なりが必要なんじゃないかと思った。
荒廃した地を再生させたり、倒壊した建物、ビルなり家なりを復興させる力、技術、知識。知性。
私には何もない。
とにかく現状の確認を済ませると、各自一旦眠ろう。休息を取ろうという事になった。バンカーは大きかった。たかが地域の、埼玉県のちょっと大きめの区役所が作ったにしては立派な。立派すぎるほどのバンカー。設備も充実しており、施設内には運動場や、じゃがいも等が作れる様な農地も存在した。食料も大量にあった。水も近くの川から引いており、何重にもフィルターを通して飲み水になるそうだ。施設内全土を賄う大きなバッテリーも何個かあり、それらは最悪の場合、人力でも充電ができるらしい。
バンカー内には自分も含めて200人程の人間が収容されていた。それでもバンカーは一年ほどは維持できるそうだ。じゃがいもなんかの農作物が実れば更に維持期間は伸びるそうだ。しかしそういう話を聞かされても私には現実味が無かった。全く。想像できない。何も。考えられない。
とにかく疲れていた。一旦寝る事にした。空調の整った部屋で、清潔な服に着替えて敷いた布団に横になった。すると切腹の後で介錯されるみたいにすとんと意識が落ちた。ブラックアウトした。
どれくらい寝たのか、目を覚ますと側に有識者の男性が居た。起きたばかりで意識もはっきりしていないのに、
「君は秋田の人間だな」
そう言われた。そうですと答えると、由利本荘市の出身かと言われた。はい。そうです。
「なら、菖蒲音頭は知っているか」
「知ってます。うちの地域の盆踊りでした」
有識者の男は、私の答えを聞くや否や、
「では、それを踊ってほしい」
と言った。
何でなのか尋ねると、
「鬼、魔のものは菖蒲に弱いのだ。また盆踊りはそれ自体が死者への供養の意味合いを有している」
だから、踊ってほしいのだ。と。
このバンカーの存在が敵、魔のものに気がつかれない様に。外に残された生存者、被災者がここに迷い込んでこない様に。
「君はそれでここに召集されたのだ」
本当だったら、埼玉県久喜市菖蒲町の人間にもここに来てもらうつもりだった。そして君と二人で交代交代に踊ってもらうつもりだった。しかし、菖蒲町の人間は結局ここまでは来れなかったようだ。だからもう君に頼るほかないのだ。
私は体育館に行って、菖蒲音頭を踊った。天に花 地にも花。バンカー内に用意されていた菖蒲音頭の音源は、昔の菖蒲音頭の音源だった。いつだったか、本荘市が市町村合併して、由利本荘市になったのち、菖蒲音頭は由利本荘しょうぶ音頭になった。その様子を写した動画があるようつべの動画のコメント欄に、歌の癖が強くなったと書いてある。私も同感だった。いたずらに郷土、郷土品を示してる気がした。
菖蒲音頭は昔のが良かった。
天に花 地にも花
踊っているうちに涙が出てきた。郷里を離れてもう二十年。まだ踊れる、自分が覚えていた事が嬉しくて。子供の頃嫌で嫌で堪らなった菖蒲音頭。それが今は私に優しく寄り添ってくれている気がした。それからは一日中、暇さえあれば私は菖蒲音頭を踊った。少しずつ参加する人たちが増えた。
誰かが、言った。
「安全な場所に入れられているといっても、捕らわれていることに変わりはないさ」
マジックザギャザリング。マスクスブロックの第2弾。ネメシス。白。4マナ。それは《霊的避難所》のフレーバーテキストだった。捕らわれている。例え捕らわれているとしても、私のこれが、菖蒲音頭が敵を、魔を、ここに来る魔を、遠ざけますように。うち滅ぼしますように。私は祈った。祈りを込めて踊った。目を瞑って。私は踊った。