秋ヶ瀬橋
志木にある風呂屋の帰り道、秋ヶ瀬橋を歩いていると、左手に見える秋ヶ瀬公園の秋ヶ瀬ヘリポートの照明の下に何かがいるのを見つけました。夜の秋ヶ瀬公園は闇に包まれて人の気配が無くなります。それなのに何かが秋ヶ瀬ヘリポートの所にいて、照明の下でうねうねと動いているのです。私は立ち止まって少しの間それを見続けました。
うねうねしているそれは人間のような形をしていました。そしてぱっと私の方を見ました。遠くてわかりませんでしたがそれの目と合ったような気がしました。私はすぐに顔をそらしてまた歩き始めました。
「おーい」
声がしました。見るとヘリポートにいたそれがこちらに走ってきていました。
まずいことになった。そう思いました。走って逃げようかとも思いました。しかしそれはヘリポートと道の間にある柵を軽々と越えて、坂を駆け上がり、あっという間に私の元にやって来てしまいました。
「お前見てただろ」
夜。たいして明るくない秋ヶ瀬橋の街灯の下。私の前に立ったそれが言いました。
「見てません」
私はそれとは目を合わせずにとりあえず返事だけしました。
「嘘つくな」「さーせん」「ちょっと来て」
それはそう言うと私の手首を掴みました。今日死ぬかもしれない。そう思いました。おふろに入った後の綺麗な体で死ねるのは幸いか。そんな事を思いました。
そのまま私は秋ヶ瀬ヘリポートに連れていかれました。せめて苦しまずに死にたい。
ヘリポートのⒽの所まで連れていかれると、それがようやく私の手首を離して、
「お前なんかダンス知らない?」
と言いました。
「な、何すか」
何でダンス。何が。何言ってるの。この、人なのかな。これ。この目の前のこれ。ヘリポートに一つだけある照明は秋ヶ瀬橋上にある街灯と同じで大して明るくなく、夜なので秋ヶ瀬橋を走る車の数も多くありません。時々風が吹いてヘリポート周りの木々が、がさがさと音をさせます。
そんな中で、ダンスとか言われても。
「俺、まだ半妖なんだけど。今、一人前の妖怪になるために修行してるんだ」
それはそう言って、それから、だからダンス知らないか。とまた繰り返しました。
「はい? 半妖。妖怪。ダンス?」
繋がらない。半妖、妖怪とダンス。繋がらない。繋がらない繋がらない。でもその後、
「俺、ぬ~べ~のしょうけらに憧れててさ」
それを聞いた瞬間、私は、え、ああ、あれか、あれね。となりました。見えなかった色々なものが一気に繋がって、はいはいあれねあれね。となりました。実際のしょうけらをまず知りません。実際のしょうけらが踊るのかどうかも知りません。でも、ぬ~べ~のしょうけらは知っています。知っていました。八巻の#68です。アニメだと33話。
「正体のビジュアルにがっかりしたあれ?」
「そうそう。なにお前、知ってんの?」
それまで無表情だったそれが相好を崩して笑いました。顔をクシャッとさせて、心の底から嬉しいって感じで。それで繋がった感じがありました。それと。私とそれと。
だからダンスか。はいはい、ダンスね。
「きゃりーぱみゅぱみゅがいいよ!」
私とそれの間にあった隔たりが無くなったからなのか自分でも驚くほど大声でした。
「え、何、どういうの?」
「CANDY CANDYがいいよ!」
私はスマホを出してようつべを起動し、PV、今はMVって言うの? を、それに見せました。というか二人で観ました。きゃりーぱみゅぱみゅのCANDY CANDY。夜の秋ヶ瀬公園。夜の秋ヶ瀬ヘリポート。きゃりーぱみゅぱみゅのCANDY CANDYが流れる夜の秋ヶ瀬公園秋ヶ瀬ヘリポート。
「これずっと踊ってるわけじゃないだろ」
そう言われて試しに CANDY CANDY ダンス で調べると、ダンスだけの動画も出てきました。
その日から、それと二人、夜の秋ヶ瀬公園に集まってダンスの練習を行いました。次の日からスマホとワイヤレススピーカーとお米炊いておにぎりと水筒を持って秋ヶ瀬公園に通いました。
「もっとピンと伸ばして」「ちゃんと手でハート作って」「声出てないよ」
練習期間は二週間ほどでしたが、その間とても楽しく、私もそれも汗を流してとても笑いました。そうして最後の日、
「お前のおかげで、これで妖怪になれると思う。いや、なる。なるよ」
と、それに正面切って言われた時、私はちょっと泣きそうになりました。
「頑張って立派なしょうけらになってね」
ぬ~べ~由来のすごいしょうけらになって、沢山の人の家の上で踊って、そんで沢山の人を不幸にして、沢山の人を死なせてね。
「ありがとう」「がんばって」
最後に抱き合って私達は別れました。私はさいたま市の家の方に、それは志木市の方に歩いて行きました。
少し離れてから、
「お前の家、さいたま市のほうかー!」
振り向くと、それがこちらに向かって大声を上げていました。
「お前の住んでるところを教えてくれー!」「そこでは踊らないからさー!」
私は笑いました。そんな事、
「そんな事妖怪が気にすんなー!」
両手を上げてそれに向かって大きく振りました。頑張れ。頑張れよ。人間滅ぼせ。頑張れ。頑張れ。