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胡乱

 荒川は秋ヶ瀬橋の所で鴨川と合流します。ここで言う鴨川は京都の鴨川とは違います。千葉の鴨川市とも関係ありません。本当に関係ないかどうかは知りません。もしかしたら姉妹都市的なのがあったりするかもしれません。とりあえず埼玉県にも鴨川があります。
 鴨川沿いに土手を歩いていると、鴨川橋という橋が出てきます。浦和ゴルフ俱楽部の建屋、クラブハウスの前の橋と言えばわかる人もいるかもしれません。そこまで歩いてから欄干越しに下を流れる川を眺めていると橋の下から何か出てきたのです。夕方でした。
 それはパーカーを着た河童でした。
「うああ」
 私は驚いて声を出しました。すると次の瞬間、河童が上を見上げました。私と目が合いました。それは河童でした。間違いなく河童でした。妹尾河童とかじゃない。河童です。かっぱ寿司の河童。パーカーを着た河童。
 緑色の。藻みたいな色をした。クロレラみたいな色のパーカーを着た河童でした。
 思わず私は、
「見てません」
 と言っていました。それと同時に、やべえもう死ぬかもしれねえ。と思っていました。
 河童が土手を上がってきました。そしてガードレールを飛び越えて私の所に来ました。
「見たよね」
 河童は私の前に来ると言いました。私は河童の顔は見ないで河童の着ているパーカーを見つめていました。胸元にMARVELと書かれていました。MARVELがこんなパーカーを出しているなんて。驚きでした。こんな、藻みたいな色のパーカーを出しているのか。MARVELは。藻みたいな。クロレラみたいな色のパーカーじゃないかこれは。
「見てたよねえ」
 河童が言いました。右の手首を掴まれました。ぬめりのある手でした。指と指の間に水かきがある。ぬめぬめとした感じの手。あーあ、もう死んだ死んだ。死ぬんだろうなあ。
 私は河童に橋の下に連れていかれました。
 辞世の句とか読んだ方がいいのかなあ。辞世の句ってどうやって読むんだろうなあ。
 鴨川の ゴルフクラブの橋の下 河童に捧げる 命なりけり とかでいいのかなあ。
 鴨川橋の橋の下には色々な物が置かれていました。河童はごそごそとしていました。
「あの、見てませんから」帰してください。
「あーはいはい」
 河童はそう言うと、その中から何かを取り出しました。板みたいな。薄っぺらい何か。
「じゃあ、今からクイズを出します」
「は?」
 なんすか。何。なんて。なんで。
「正解出来たらご褒美をあげます。正解出来なかったら尻子玉を抜きます。死にます」
 河童は言いました。河童はその手に板みたいな、薄っぺらいボードを持っていました。
「……正解出来たら帰れますか?」
「うん。帰れるんじゃないかな」
 そうですか。本当だろうか。ホントかな。
「私クイズとか無理ですよ。賢くないので」
「ああ、大丈夫。漢字間違い探しだから」
 漢字間違い探し。あれか、Xとかでたまにタイムラインに流れてくる奴か。そう言えば最近は見なくなったなあ。飽きたのかなあ。
「はいどん」
 河童が手に持ったボードを裏返しました。
胡乱胡乱胡乱胡乱胡乱胡乱胡乱胡乱胡乱胡乱胡乱胡乱胡乱胡乱胡乱胡乱胡乱胡乱胡乱胡乱胡乱胡乱胡乱胡乱胡乱胡乱胡乱胡乱胡乱胡乱胡乱胡乱胡乱胡乱胡乱胡乱胡乱胡乱胡乱胡乱胡乱胡乱胡乱胡乱胡乱胡乱胡乱胡乱胡乱胡乱胡乱胡乱胡乱胡乱胡乱胡乱胡乱胡乱胡乱胡乱胡乱胡乱胡乱胡乱胡乱胡乱胡乱胡乱胡乱胡乱胡乱胡乱胡乱胡乱胡乱胡乱胡乱胡乱胡乱胡乱胡乱胡乱胡瓜胡乱胡乱胡乱胡乱胡乱胡乱胡乱胡乱胡乱胡乱胡乱胡乱胡乱胡乱胡乱胡乱胡乱胡乱胡乱胡乱胡乱胡乱胡乱胡乱胡乱胡乱胡乱胡乱胡乱胡乱胡乱胡乱胡乱胡乱胡乱胡乱胡乱胡乱胡乱胡乱胡乱胡乱胡乱胡乱胡乱胡乱胡乱胡乱胡乱胡乱胡乱胡乱胡乱胡乱胡乱胡乱胡乱胡乱胡乱胡乱胡乱胡乱胡乱胡乱胡乱胡乱胡乱胡乱胡乱胡乱胡乱胡乱胡乱胡乱胡乱胡乱胡乱胡乱胡乱胡乱胡乱胡乱胡乱胡乱胡乱胡乱胡乱
「キュウリはどこでしょう?」
 河童は言いました。私は突然の事に動揺してしまいました。キュウリはどこでしょうって何だ。何だおい。おい。はいどんってなんだ。ハイドンか。クラシックの。フランツ・ヨーゼフ・ハイドンか。交響曲第94番ト長調「驚愕」か。驚愕してるのは今だよ。私だよ。今の私だよ。制限時間とかどうなってるんだよ。生きて帰れるのかな。分かんねえ。
「ありました!」
 キュウリがありました。胡乱の中に。一つだけ。胡瓜がありました。見つけました。
「おおー見つけた?」
 河童は何故だか嬉しそうでした。
「はい。ここに」
 ありました胡瓜。帰っていいんですよね。
「じゃあご褒美をあげますね」
 河童はロヂャースの袋から、きゅうりを出しました。それを私の口に突っ込みました。
「げええ、おごお、げえええ、おげええ」
 突然の事に私はそうなりました。おげえ、げええ。おえええ。げぼお。涙が出ました。鼻水も。涎も。ぬめぬめと出ました。どろどろと。目、視界もチカチカしてきました。
「どっちが胡瓜でしょう」
 声がしました。見ると、河童はまた別のボードを持っていました。
 胡瓜
 胡乱
 どっちが胡瓜ってそんなの。おげえ。胡瓜が喉の奥まで入ってきました。げええ。うええ。ああ、わからないかも。間違えるかも。尻子玉抜かれるかも。死ぬかもしれないな。

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