祖父が入院した

私の犬歯は、歯ぎしりによって研磨されていて少し尖っている。先日、ずっと口角を上げていることがあって、右唇の端にでかい口内炎が出来た。痛いんですケド〜笑。絶対にこの尖った右犬歯のせいだと思う。歯磨きや食事で口を開けなければならない時に痛むし、欠伸ですら痛い。虫歯治療の後の麻酔が解けない時みたいな麻痺っぽさもある。色もやばそう。大丈夫そ?

約2週間ぶりに祖父に会いに行ったらすっかり寝たきりになっていた。前に会ったときは日帰り箱根旅行のお土産を渡しに行った時で、一緒に晩ごはんを食べた気がしたけども。寝室の中はなんとなく臭くて、オムツがいっぱい置いてあった。母が介護をしていたらしくその戦いの痕だった。祖父が私を見とめると手を伸ばしてきたので握手をした。これがいつもの挨拶。

既に来ていた叔母が買い物に行くというので一緒に着いて行った。道すがら、これまでの祖父の体調や起こったことを聞く。大人が全部動いてくれた。祖父は氷や水や空腹を主食にしているらしい。(唐土に伝わる仙人は雲や霞を主食にするみたいな伝承なかったっけ?似てる…)私は隣の自治体で暮らしているから全然知らないことばかりだった。私に心配をかけないように、何も知らせなかったのかもしれない。ちょっと申し訳ないような気分になった。でも今はジタバタしても何も出来ないし、私は介護の専門家ではないし。叔母とは普通に買い物して普通に会話して、普通にニコニコして、帰りに鯛焼きを買ってもらった。それで普通に帰ってきた。

叔母と一緒に、買ってきた花を庭に植えたり、雑草をムチムチ抜いている間に(ピタゴラスイッチも久々に見た)祖母がデイサービスから帰ってきた。楽しかったらしい。ニコニコ、ツヤツヤとしていてご機嫌だった。総入れ歯だから歯並びが良い。私は玄関まで祖母を迎えに行った後、一緒に送迎の車に手を振った。車内のご婦人が手を振りかえしてくれる。マスクをしていたので「どこのお姉さんかと思った」らしい。化粧をした孫ですよ。祖母は疲れたと言いながらも寝室の祖父を見舞ったり、デイサービスでやったとんちクイズを私に出題してくれたりして忙しそうだった。

しばらくして母が仕事から帰ってきた。晩ごはんの支度をしている間に祖父が嘔吐してしまった。叔母と母の協議で救急車を呼ぶことに決まった。長丁場になるから、とりあえずご飯を食べる。でかい餃子をつつきながら何かしら喋った。覚えてないけど、これも普通の内容で、王マンドゥの餃子食べてみたかったとかそんな感じ。私はみんなが笑ってくれれば良いなぁと思いながら喋っていたのかもしれない。…いつもそうか。時々祖母がほんのり暗い顔をしながら祖父の心配をした。

私は食器を片付け、母と叔母は受診の支度を始める。私は祖母と留守番をするのである。

やがて救急車が来て、祖父は運ばれていった。救急隊の人は当たり前だがてきぱきしていた。邪魔にならなさそうな場所にいるだけしか出来なかった。じいちゃんの元気な姿を思い出して、少し泣きそうだった。救急車は家の前で長いこと止まっていた。これまでの経緯を聞く必要があるらしい。祖母は何度も早く行けば良いのにねと言った。なんかお母さんたちがじいじのこと話してるみたいだよ、と答えたりする。
救急車を見送ると家に祖母と私だけになった。残ったご飯を小分けにする。ずいぶん小さいねと祖母が言うので、だってしばらくじいじは帰ってこないから一人分でいいんだよと返す。しばらくじいじは帰ってこない。でも帰ってきてもこういう米はもう食べられない。

祖母はデイサービスで入浴を終えているのでもう一度風呂に入っても良いし入らなくても良かった。風呂を沸かしなおすかどうかは、つまり私が入浴するか否かだった。祖母は明らかに疲れていたので、風呂に入ってもらいたかった。私は一番風呂をいただいた。途中で祖母が浴室まで様子を見に来たのが、なんだか子供の頃のようで懐かしい気持ちがした。

風呂を出ると金曜ロードショーの時間だった。カリオストロの城を頭から見るのは多分はじめてで、面白くて感心した。文通の返事を書きながら映画を観た。祖母が風呂から出た。ソファに寝転がって、叔母と母の帰りを待っている。叔母から時々現状報告のラインが来るので、祖母にそれを伝える。病院は電話できないのだ。長くなるらしい。カリオストロの城を最後まで見たかったが、祖母は私が眠るまでベッドで寝るつもりはないようだった。わたしが上の階で寝る意志を示すと祖母もソファからベッドに移動してくれた。

上の階にはテレビがないので、持参したユリイカ(幾原邦彦監督回、好きなアイドルのフリマで買った古本)を読む。本があってよかった。それからいつ寝たのか覚えていないが、急に台所の排水口が気になり出して起きた。祖母は寝室で大音量でテレビをつけつつ眠っていたので、テレビと電気を消しておく。台所の排水口はご飯粒がいっぱい(洗い物を途中で祖母に引き継いでから、風呂に入ったので)だった。祖母が起きてきた。やはり深くは眠れていなかったみたいだ。用事が済んだのでまた眠りなおすと私が伝えると、祖母もベッドに戻った。多分だけど、彼女は私のことを10歳くらいだと思っているんだと思う。心配されてるのを感じる。
次に目が覚めたのは母と叔母の声がしたからだ。祖母となにやら言い争っている。娘たちが、孫経由で夫の報告をした(祖母に直接連絡が来なかった)のに怒っているようだ。階下で声が聞こえる時は、幼い頃に両親の揉める声を二階でひとり布団にくるまって聞いていたのを思い出して毎度ビビる。加えて祖母の珍しく強い口調に面食らったが、まぁもうガキではないし顔出した方が良いなコレ…という気持ちと睡魔がぐずぐずと戦い、家族の声がおさまったタイミングで私もその場に参加した。祖父は入院になったこと、これから母が私たちを送ることが手短かに報告された。

帰りの車の中で、母と叔母が私に居てくれて良かったと言った。祖母ひとり残して受診しようものなら出歩いていたかもしれず、かといって病院にはとても連れて行けなかったと。そりゃよかったです…。祖母が声を荒げていてびっくりして起きて来た、と伝えたら、母が場を和ませるために来てくれたの?と言った。全くそうではなかった。それより、私のことそんな風に思ってたの?!

結局、私が祖父に出来たのは握手と、氷を2つ口に入れてあげることだけだった。祖父の介護は全くしてないし既往歴も全然知らない。でもこの家族という共同体の中で、私は子供でいて良くて、役割としては道化、後方支援、或いは空気清浄機を担っているのかもしれない。介護したり受診に付き添ったりしなくて良いのかもしれない。クソデカ口内炎は、私の必死さの証明かもしれない。少し疲れた。

2023/5/8 6:50

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