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中学受験、牛後として御三家行ったその後の人生

志望校選びの際によく言われる「鶏口牛後」。
牛の後、すなわち大きな組織や集団の末端にいるよりも、ニワトリの口、すなわち小さくてもよいから長となって重んじられる方がよいという言葉。
最終的にどうするかはさておき、志望校を決める際には、牛後、つまり、今の実力では無理目でもちょっとストレッチすればいけるかも、という憧れを持って志望校を決めるケースが一般的だと思います。

それがいいか悪いかということではなく、私自身が中学受験をして、完全に「牛後」として過ごした中高6年間、そしてその後、40歳を超えて人生を振り返って今どう感じているかを率直に書きたいと思います。 

以前のポストにも書きましたが、私はウン十年前に都内で中学受験をして、御三家の女子校に入学しました。受験生時代、当時通っていた日能研ではいつも最上位クラスだったし、日能研はテストの点によってクラス内の席順が毎週変わるという緊張感のあるシステムでしたが、その席順もだいたい半分より前だったので、受験生時代に結構自己肯定感がはぐくまれました。もちろん、努力をしていたという自負はありましたが、それが報われたので「私、そこそこ、いけてるかも」的な。笑。

そして第一志望の御三家に合格。入りたかった学校だったので本当に嬉しかった。わくわくして入学式を迎え、いざ、入学してみると。「え、世の中に優秀な子ってこんなにたくさんいたの!?」とビビりました。そりゃそうですよ。日能研時代、その校舎の子たちの中では上の方にいたけど、その学校には首都圏の上位の子しかいないわけですから。その中の私の順位と言ったら・・・。「井の中の蛙」という言葉をここまで実感したのは人生後にも先にもこれが最初で最後ではと思います。まだ人生残り多いけどでもそうだと思う。

とはいえ、学校生活は文句なしに楽しかった。友人たちは勉強の出来/不出来なんて関係なく仲良くしてくれたし、中高生らしくおしゃべりに花を咲かせたし、部活も青春だったし、一生の友達もできた。だから後悔はしてないし、当時に戻れてもこの学校を選ぶと思う。牛後であっても。

ただ、よくも悪くも「この学校基準」の物差しで世の中を見てしまう残念な癖みたいなのはついてしまい、「ああ、私って牛後なんだな」って人生の中でことあるごとに実感するようになったのは、人生において幸せなことかというと、まあそんな感情はない方が間違いなく幸せだよね、とは思います。

具体的にどういうことか。学生時代、卒業後に分けてお話します。私自身はどっちかというと在学中というよりは卒業後にそれを強烈に実感したパターンで、そういう方は多いのではと思います。つまり、通学していた6年間がどうこうというよりも、その後の人生ずーっと、タトゥーみたいに残っている感覚。 

まずは学生時代。上記の通り、まあ楽しかったし、そこまで勉強の出来/不出来でどうこうという感情があったわけではないですが、でもちょこちょこ感じることはやっぱりありました。具体的には以前のポストで書いた(↓)、
https://note.com/2boys_in_space/n/nbb6088795743
みんな本当に「当たり前に努力」できる子たちで、超優秀な(あるいは惜しまず努力ができる)友人たちを横目に「すごいなー」ともはや戦う前に白旗を上げてただただ尊敬してました。

小学校時代にせっせと育んだ「私は勉強できる子」という自己肯定感は完全に消えてなくなっていました。勉強にやる気がなくなり、一時期の成績はかなりやばかった。笑(←笑えない)まあ、これも牛後あるあるですかね。ギリギリ卒業できたので結果オーライですが。

そして卒業後。まずは大学進学。ここでうすうす感じていたものがガッツリ突き付けられた感じです。昨日まで、あんなにくだらない話で笑い転げていた友人たちが、フツーに東大や京大、一ツ橋、私大であれば医学部等々に進学していく。

それに対してそもそも国立なんてはなから「無理無理」とあきらめて、私大しか受けてなかった私。一般的に見れば十分よい大学であろう私大に入学できたのに、万々歳という感じではなかった。

この感覚は、私だけではなく御三家出身者間で盛り上がる、あるある自虐ネタです。私の出身中高に限らず、男子も女子も、御三家あるいはそれと同レベル高校の出身者は「私大に来てしまった自分(医学部除く)」に対する自己評価はだいたい一緒。何せそこは、国立を受ける友人たちにとってはすべり止めなのですから。(私は第一志望でしたけど^^;)

出身高校がそうではない周りの大学の友人たちは、この大学に入れて鼻高々で、そのこと自体が人生の成功体験とキラキラしているのに、かたや同じ大学に入って劣等感にさいなまれている、このマインドの違いはなんだ、と。残念な人生ですね。

そしてこの劣等感スパイラルはまだ続きます。次は就職です。

うすうすお気づきと思います。中高時代の同級生は、「フツーに」お医者様になったり、弁護士になったり、官僚になったりしています。一般企業就職でも、だれもが知っている名だたる大手企業。「〇〇ちゃんは東大から官僚、●●ちゃんは医学部からお医者様、××ちゃんは東大からマッキンゼー」みたいなのが友人にズラズラいて、牛後の凡人として私大文系から一般企業就職(しかも大手でもない)みたいな自分が、その環境で変な劣等感を感じずにいられるか。もちろん、卒業からもう何年も経ってます。あの子はあの子、私は私。選んだ大学の時点で一定割り切りもできてます。でも、感じずにはいられない悲しい性。

ちなみに、そんな輝かしい職業に就いた友人たちは、今でもこんな凡人の私ともとても仲良くしてくれます。マウンティングなんて一切しません。本当に優秀な人は人間としても素晴らしい。だから、これは私が勝手に感じているだけの劣等感なんです。別にすごーく医者になりたかったわけでも、官僚になりたかったわけでもないのに。なんなんでしょうねこの感覚。

ただ救われたのは、うちは親がそこまでブランド志向ではなかったこと。親に何も言われなくたって1人でこんだけ落ち込めるわけですから、ブランド志向の親だったらもうメンタルぐちゃぐちゃでしょうね。「〇〇ちゃんはお医者様で●●ちゃんはXX商事だっていうのにあんたは何やってんの」なんて言われた日にはもう立ち上がれなそうです。

ということで長々書きましたが、鶏口がいいのか牛後がいいのかは完全に性格によるかなと思いますので一概には言えません。いろいろネガティブなことも書きましたが、私は牛後でも素晴らしい友人たちに出会えたのでその学校に通ってよかったなと思います。ただ、大学進学、就職、そのたびに超優秀な同級生たちと、だれも比べてないのに勝手に比べて自己嫌悪に陥るということは上記の通りありますので、そこで闇落ちするくらいだったら鶏口の方がよいと思います。まあ、とはいえ、別にこういうことも毎日いつも考えているわけではなく、ふとした瞬間に「そういえば・・」と思い出すくらいの話で、病んだわけではないですし私の場合はそこまで根が深い問題ではないですが、それでもそんなこと考えることあるよ、という参考までに。

あ、あと。上記の通り、私自身は御三家中高でいい友人に恵まれたし、子ども同士ではマウンティングとかそういう文化はなかったですが、母が言うには、お母さま同士は割と色々あったみたいです。笑。上記の通り私の母はそういう人間ではなかったですが、同級生の母の中には学歴至上主義とか「将来は絶対医者以外認めない」みたいなヤバイ人たちも一定数いて、お母さま同士のお付き合いは、そういう人には極力関わらないようにしないと大やけどするみたいです。今では笑い話ですが、実際に私の母が某マウント気質お母さまから言われた言葉。

「●●ちゃん(私のこと)は、K大だから結婚相手が豊富に選べていいわね。うちの子は東大だから、結婚相手がほんと限られるから困っちゃうわ」

いやほっとけや!!余計なお世話だわ!!てかあんた、子どもを東大に入れるだけでは飽き足らず、結婚相手までコントロールしようとしてんのかい!子どものメンタル心配だわ。(ちなみに後日談ですが、その子は結局海外のエリート大学出身の方と結婚されました。めでたしめでたし)。

まあでも確かに東大行った子は「合コンでモテない」問題には悩んでましたね。大学名言うとまず引かれるからそもそも合コン自体、もう行かないと決め込む子も多数。結局同じ大学の人と結婚するケースが多かったように思います。もちろん、普通に私大出身者と結婚した子もいましたし、本人たちは全然気にしてなかったんですけどねー。男子と周りが勝手に気にしてたんでしょうね。 と話が横道にそれまくりましたのでそろそろ終わりにします。

そして書いていて当たり前ながら思いましたが中学入っても終わりではなく、そこから大学受験へのスタート、そして就職活動、・・戦いに終わりがないですね。ただ、親がここまでコミットして伴走するのは中受が最後なのでしょう。

自分の経験を改めてなぞって、我が子に闇落ちさせるような言葉は絶対に言うまい、と決意を新たにした次第です。ここまでお付き合いいただきありがとうございました。

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