記憶の輪廻
第1章:忘却の森
静寂が支配する深い森の中、霧が音もなく漂い、空は永遠に曇っているようだった。巨木たちは空を遮り、微かな光さえも閉じ込める。息をするたびに、湿った空気が肺に絡みつく。
少年はその中心で目を覚ました。彼の名前はルカ。だが、それ以外のことは何も思い出せない。自分がなぜここにいるのか、どこから来たのか。すべてが霧のようにぼんやりしていた。ただ一つだけ、胸の奥で痛むような感覚だけが残っている――「何か、大切なものを失った」ということ。
手を伸ばし、何かを掴もうとしたが、ただ冷たい土と苔が指先に触れた。「ここはどこなんだ……?」声は弱々しく、空虚に消えていった。
彼はゆっくりと立ち上がり、森を見渡す。周囲には何の手がかりもない。ただ、この場所には自分がいるべきではないという強烈な違和感があった。けれど、足が自然と動き出す。まるで引き寄せられるように、森の奥深くへと進んでいく。
道を進むたびに、足元の音がかすかな反響を繰り返す。辺りには奇妙な静寂が広がっている――鳥の鳴き声も、虫の羽音さえも聞こえない。この異様な静けさに、ルカの心はますます不安に駆られていった。
しかし、突然、木々の隙間から一人の少女が現れた。
「お前……ここにいるべきではないわ」彼女は、淡い青色の目でルカをじっと見つめながら言った。その声には冷たさが混じっていたが、同時にどこか哀しさも感じられた。
「君は……誰だ?」ルカは警戒心を抱きつつも、彼女の存在に不思議な引力を感じていた。彼女が何者かも分からないが、その姿はこの異様な世界の中で唯一の人間らしい温もりを持っているように見えた。
「私はアメリア。この森を守る者の一人……だけど、今はそんなことはどうでもいいわ。あなたがここにいること自体、間違いなの。早く立ち去るべきよ」彼女の声は鋭く響くが、その瞳の奥には何かを隠しているような深い憂いがあった。
ルカは立ち去るべきか迷った。しかし、その瞬間、彼の中で何かがはじけたようにフラッシュバックする記憶――否、それは記憶ではなく、断片的な感情だ。彼がこの場所にいる理由、失ったものに対する強烈な渇望、そして目の前の少女に対する不思議な既視感。
「君を知っている気がする……なぜだろう?」ルカはつぶやくように言った。
アメリアの表情が一瞬だけ硬直した。その瞬間、彼女もまた何かを思い出したようだ。だが、その答えを告げる前に、彼女は素早く後ろを振り返る。
「時間がない……彼が来るわ」彼女の声には緊迫感があふれていた。「今すぐ逃げて。忘却の森の中で長く生き残ることはできない。あの者があなたを見つけたら、すべてが終わるのよ!」
「逃げるって……誰から?」
しかし、彼女は答える代わりに、ルカの手を引いて走り出した。急速に変わり始めた森の風景。木々が影を伸ばし、霧が濃くなる。背後からは不気味な足音が迫ってくる。
ルカは走りながら、胸の中で膨れ上がる疑問と不安を抑え込もうとしていた。彼は何者なのか?この森には何が隠されているのか?そして、彼の記憶に刻まれた「失ったもの」とは、一体何なのか?
彼らがようやくたどり着いたのは、苔むした古い神殿のような場所だった。アメリアは荒い息を整えながら、ルカの手を離した。
「ここなら……しばらくは安全よ」彼女はそう言うと、神殿の奥にある小さな扉の前に立ち止まった。その扉は古びており、何世紀も閉ざされていたような雰囲気を醸し出していた。
「君は何を隠しているんだ?」ルカは息を切らしながら問いかけた。「俺はこの森で何を思い出さなければならない?そして、君は……?」
アメリアはしばし黙っていた。彼女の背中には、目に見えない重い鎖が縛り付けられているように見えた。やがて、彼女は重々しく口を開いた。
「あなたの記憶に触れれば、すべてが終わるかもしれない。それでも……覚悟はある?」
ルカの心は揺れていたが、同時に強烈な何かに突き動かされていた。このまま逃げ続けることはできない。彼はアメリアの言葉に頷いた。
「そうか。なら……」アメリアは震える手で扉に触れた。
扉が開いた瞬間、ルカの脳裏に激しい閃光が走り、過去の断片が押し寄せてきた――忘却の森、巨人、そして自らが犯した罪。やがて、彼は思い出す。自分が誰であり、なぜこの世界に閉じ込められたのか。
第2章:断片の記憶
ルカの頭の中で、鮮烈なイメージが奔流のように押し寄せてきた。激しい痛みと共に、その記憶の断片がつながり始める。彼はこの場所に、誰かと共にいた――それはアメリアではない、もっと大切な誰か。しかし、その顔はまだ霧のように不鮮明だった。
彼は息を整え、震える手で額を押さえながら立ち上がった。アメリアが扉の前で静かに見つめている。
「……思い出し始めたわね」彼女は低い声で言った。「けれど、それはまだほんの一部に過ぎない。すべてを思い出すのは、もっと後になるわ。そして、その時が来るとき、あなたは自分が抱える運命の重さに気づくのよ」
ルカは彼女の言葉を聞きながら、自分の心の奥底で湧き上がる恐怖を抑えようとしていた。何かが間違っている――いや、彼が知っている世界全体が間違っていたように感じられる。自分の中に眠る「何か」が、今にも解き放たれそうだった。
「俺が失ったものは……一体何なんだ?」ルカは苦しげに問いかけた。
アメリアはしばしの沈黙の後、深いため息をついた。「それを知る覚悟はあるのかしら?知れば、あなたは元には戻れないかもしれない。それでもなお、その真実に向き合う覚悟がある?」
彼女の言葉に込められた重みは、ルカの胸を圧迫した。しかし、彼の中には強烈な衝動が渦巻いていた。逃げるわけにはいかない。この森の中で出会った記憶の断片と、アメリアとの繋がり――それがすべて、彼の運命に関わっている。
「俺には逃げられない。たとえどんな真実が待っていようと、それを知る必要がある」ルカは強い決意を込めて答えた。
アメリアは冷静に彼を見つめ、再び扉の前に立つ。彼女が慎重にその扉を開くと、そこには暗く、果てしなく広がる回廊が現れた。壁には無数の古びた絵や碑文が描かれている。それは、この世界の過去と未来、そしてルカ自身の運命に関わるものだった。
二人は無言のまま、ゆっくりと回廊を進んでいった。暗闇が彼らを包み込み、足音が静かに響く。ルカはその静けさに圧倒されながらも、前に進むしかないと感じていた。
やがて、回廊の終わりに辿り着くと、大きな円形の部屋が広がっていた。その中央には、巨大な石碑が立ち、何かを刻んだ文字が淡く光っていた。アメリアは石碑の前に立ち、ルカを振り返った。
「ここに記されたものが、あなたの運命そのものよ」彼女は静かに告げた。「あなたがこの世界に存在する理由、そして忘却の森に囚われた真の理由が、すべてここにあるわ」
ルカは一瞬ためらったが、足を踏み出して石碑に近づいた。その表面には、古代の言葉で何かが記されている。しかし、なぜかその言葉は彼の頭の中で自動的に翻訳されていった――まるで、彼がそれを既に知っていたかのように。
「『忘却の輪廻に囚われし者、その罪は永遠に繰り返される』……?」ルカは声を震わせながら読み上げた。「これは……俺のことなのか?」
「そうよ」アメリアは冷たく答えた。「あなたは、過去に重大な罪を犯した。そして、その罪によってこの忘却の森に囚われているの。すべてを忘れ、同じ運命を繰り返すために」
ルカは言葉を失い、ただその場に立ち尽くした。自分が犯した罪――それが何であるかはまだ思い出せないが、その重みが彼の胸にのしかかってきた。
「俺は……何をしたんだ……?」彼は震える声で問いかけた。
アメリアはルカの背後に立ち、そっと彼の肩に手を置いた。「その答えは、あなた自身の中にあるわ。思い出すためには、この森の中で自分を見つめ直すしかない。あなたの罪、その償い、そしてその運命を受け入れる覚悟が必要なの」
突然、部屋全体が揺れ始めた。石碑がまるで叫び声を上げるように震え、壁に描かれた古代の絵が生き物のように動き出した。
「急いで!」アメリアは叫び、ルカを強く引っ張った。「この場所はもう安全じゃないわ!あの者がすぐそこまで来ている!」
ルカは混乱しつつも、アメリアの言葉に従って再び走り出した。彼らが石碑の部屋を離れると、巨大な影が背後から迫ってくる。まるでこの忘却の森そのものが、生きているように彼らを飲み込もうとしていた。
「俺の罪……そしてこの森……すべてを思い出したとき、俺はどうなるんだ?」ルカは走りながら、アメリアに問いかけた。
彼女は短く息を切らしながら答えた。「それは……誰にも分からない。けれど、あなたが真実にたどり着けば、この輪廻を断ち切ることができるかもしれない。そうでなければ……永遠に繰り返すだけよ」
二人は走り続けた。背後には追いかけてくる影、そして彼らの前には終わりの見えない森が広がっていた。しかし、ルカの心には一つの決意が生まれていた。
「俺は真実を見つける……たとえどんな代償があろうとも、この輪廻を断ち切ってみせる」
アメリアは彼の横で、小さく頷いた。「その覚悟があれば、きっと道は開かれるわ。だけど、忘れないで。真実を知ることは、同時に大きな痛みを伴うのよ」
第4章:鏡の向こう側
ルカは鏡の中の光景に引き込まれ、目の前に広がるのは、過去の断片。ぼやけた記憶が、鮮明に蘇り始めた。彼は、幼い頃の自分の姿を目の当たりにする。そこには、幸せそうな家族――温かい笑顔の父と、優しく微笑む母。しかし、その幸せな光景は突如として暗転し、別のシーンが彼を襲った。
「なぜ……こんなことに?」ルカは記憶の中で、無力感と共に幼い自分が叫んでいる姿を見た。家族が何者かに襲われる瞬間、そして彼自身が何もできずにただその場に立ち尽くすしかなかったこと。
「俺は……家族を守れなかった……」ルカの胸に強烈な罪悪感が押し寄せる。
その時、彼の後ろから静かにアメリアの声が聞こえた。「それが、あなたの背負ってきた罪。過去に縛られ、ずっと心の中に閉じ込めてきた苦しみよ」
ルカは振り返るが、アメリアはそこにはいない。鏡の向こう側には、幼い自分が目を閉じ、何かを受け入れたように見えた。次の瞬間、その幼い自分が薄暗い影に包まれ、姿を消してしまう。
「逃げることはできない。だからこそ俺は……前に進まなければならないんだ」ルカは拳を握りしめ、決意を固めた。
突然、鏡の中の光景が激しく揺れ、歪んでいく。ルカの視界は再び真っ白になり、彼は強烈な眩暈と共に意識を引き戻された。気がつくと、彼は元の館の部屋に立っていた。
「お帰りなさい、ルカ」アメリアが静かに語りかける。「その鏡を通して、あなたは自分自身の罪と向き合ったわ」
ルカは息を整え、しばらくの間、何も言わずにその場に立ち尽くした。心の中には、今まで感じたことのない静けさが広がっていた。それは、過去の傷が完全に癒えたわけではないが、少なくともその存在を受け入れた証だった。
「俺は……自分を許せるのか?」ルカは自分に問いかけた。
アメリアは一瞬、瞳を閉じてから、ゆっくりと口を開いた。「許しとは、他人に与えられるものではなく、自分自身が見つけるものよ。あなたがそれを求めて前に進む限り、答えはきっと見つかるわ」
その時、館の中に重苦しい空気が流れ始めた。先ほどまで静かだった空間が、何か不気味な力に包まれ、影が再び動き出したのだ。ルカとアメリアは直感的にそれを感じ取り、立ち上がった。
「まだ、終わっていないのか……」ルカは視線を鋭くし、扉の方へと向かった。「あの影は一体何なんだ?何が俺たちをここまで追い詰めているんだ?」
アメリアは冷静な表情を保ちながらも、少しだけ緊張感を見せた。「あれは、あなたの過去の罪そのものよ。私たちがこの館に来たのは、その正体を暴くため」
「過去の罪……それだけじゃない気がする。もっと大きな何かが隠されている」ルカは鋭く言った。「あの影は、ただ俺を追いかけているだけじゃない……もっと別の目的がある」
アメリアは小さく頷き、先を促す。「ええ、真実を知るために、私たちはもう一つの答えを見つけなければならない。それは、この館の最深部に隠されているわ」
二人は館の奥へと足を進めた。重い静けさが漂う中、古びた階段を降り、深く暗い地下へと続く道を進む。地下には、過去の痕跡が刻まれた石壁が連なり、まるで誰かが何世紀も前にここで何かを隠そうとしたかのように見えた。
「ここは……何の場所なんだ?」ルカは薄暗い地下を見渡しながら、ふと疑問を漏らした。
「ここは、かつてこの世界を守ろうとした者たちの墓場」アメリアは静かに語り始めた。「彼らは、自分たちの罪と向き合い、全てを封じ込めるためにここに眠り続けている。そして今、あなたが彼らの意思を受け継ぐ時が来たのよ」
ルカは彼女の言葉を飲み込みながら、地下の奥にある巨大な扉に目をやった。その扉は、無数の鎖で厳重に封印されており、開けるには何かの鍵が必要なようだった。
「この扉を開ければ、真実が明らかになる」アメリアが呟く。「そして、あなたの記憶に隠された本当の使命が――」
ルカは静かに頷き、扉に手を伸ばした。
第5章:封印の鍵
ルカの手が巨大な扉に触れると、冷たい感触が彼の全身を包み込んだ。無数の鎖が不気味な音を立て、微かに震え始める。何かが目覚めつつあるのを、彼は肌で感じた。
「この扉の向こうに、俺たちの探している真実があるんだな?」ルカは目を細め、アメリアに尋ねた。
「ええ、この扉を開ければ、すべてが明らかになる。でも、その前に試練が待ち受けているわ。これを乗り越えなければ、真実には辿り着けない」アメリアの言葉には、どこか重い響きがあった。
「試練、か……」ルカは一瞬、ためらった。過去の罪と向き合うことで得た決意は確かにあったが、それでも今目の前にあるこの扉の向こうに何が待っているのか、彼は完全には予測できなかった。
アメリアは一歩前に出て、ルカの横に立つ。「あなたがこの先に進む覚悟があるのなら、私も一緒に行くわ」
ルカはアメリアを一瞥し、軽く頷いた。「もちろんだ。俺はもう後戻りはしない。どんな真実が待っていようと、受け入れる覚悟はできている」
二人は力を合わせて扉を開けるための準備を始めた。巨大な扉の中央には複雑な模様が彫り込まれており、その模様に触れることで扉を開けるための「鍵」が発動するらしかった。
ルカは慎重に指先を模様に滑らせながら、無意識に過去の断片が頭をよぎる。家族を守れなかったこと、友人を裏切られた記憶、自分自身が何者かを問い続ける苦悩。それらが一つ一つ彼の中で繋がり合い、まるで一つの真実へと収束していくように感じられた。
「これだ……」ルカは小さく呟き、模様の中心に手を置いた。
その瞬間、鎖が一斉にほどけ、重々しい音を立てて扉が開かれ始めた。暗闇の向こうから、冷たい風が吹き込んできた。まるで深淵の底から何かが現れるかのように、視界の中に広がるものは闇の渦だった。
扉の向こう側には、広大な地下空間が広がっていた。天井には無数の石柱が立ち並び、かつての神殿のような荘厳な雰囲気を漂わせていた。中央には、古代の祭壇がひっそりと佇んでおり、その上には一つの巨大な石碑が鎮座していた。
「これが……俺たちが探していた場所か?」ルカは驚愕の表情を隠せなかった。これほどの規模の場所が、ずっと隠されていたとは思いもしなかった。
アメリアは静かに頷きながら、中央の祭壇へと向かった。「この祭壇こそ、過去の罪を封印した場所よ。そして、この石碑にはその罪の全てが刻まれている」
ルカは慎重に祭壇に近づき、石碑をじっと見つめた。その表面には、無数の古代文字が刻まれており、何かを語りかけているかのようだった。だが、その意味を解読するのは容易ではなかった。
「これが……真実なのか?」ルカは苦悩の表情を浮かべ、石碑に手を触れた。
その瞬間、彼の頭の中に激しい光景が飛び込んできた。過去の罪、無数の戦い、世界を救うために犠牲になった者たちの記憶――それらが一気に流れ込み、ルカの意識を飲み込んでいった。
「ルカ……!」アメリアの声が遠くに聞こえる。
彼は石碑の前に膝をつき、頭を抱えた。記憶が洪水のように押し寄せ、全てを理解するには余りにも強烈だった。だが、その中で一つの明確なビジョンが浮かび上がった。
「これが……俺たちの使命……?」彼は震える声で呟いた。
石碑に刻まれていた真実――それは、この世界が繰り返される「輪廻」によって成り立っているということだった。そして、その輪廻を支えるためには、常に誰かが「罪」を背負い、犠牲になる運命にあるということ。ルカの過去の記憶も、その罪の連鎖の一環だった。
「つまり……俺たちの存在そのものが、この輪廻の一部だということか……」ルカは苦悩に満ちた顔でアメリアを見上げた。
「そうよ。あなたが過去に抱えた罪も、今この瞬間に私たちがここにいることも、全てがこの輪廻の一部」アメリアは悲しげな表情でそう答えた。「でも、私たちには選択肢があるわ。この輪廻を断ち切るか、それとも受け入れてその一部として生き続けるか」
ルカは深く息を吸い込み、石碑から手を離した。「俺は……」
その瞬間、彼の目の前で石碑が崩れ始め、地下空間全体が激しく揺れ出した。
「急いで!この場所が崩壊する!」アメリアが叫び、二人は急いで出口へと駆け出した。
ルカは走りながら、自分の中で渦巻く感情を整理していた。罪、輪廻、そして選択――全てが彼の頭の中で一つの答えに向かって収束していった。
「俺は、この輪廻を断ち切る……そして、真実を見つけ出すんだ!」彼は決意を込めて叫んだ。
二人は崩れゆく地下空間を抜け、最後の扉の前に立った。その扉の向こうには、すべての答えが待っていると信じて。
第6章:真実の扉
二人は扉の前で立ち止まった。ルカは息を整え、これまでの戦いと旅を振り返った。目の前の扉は、これまで出会ったどんな障害よりも重々しく、そして圧倒的な威圧感を放っていた。しかし、それが示すのは恐怖ではなく、最後の真実が明かされる瞬間だった。
「この先に何があるんだろうな……」ルカはアメリアを見つめた。彼女も同じように緊張しているようだったが、その目には決意が宿っていた。
「私たちがここまで辿り着いた理由、そして、この世界が抱える謎が明らかになる時よ」アメリアは静かに答えた。「でも覚悟して、ルカ。この先に待っているのは、ただの真実じゃない。この世界そのものの本質に触れることになるわ」
「本質……か」ルカは苦笑した。「俺が何者で、どうしてここにいるのか。やっとその答えに辿り着くのか」
アメリアは微かに笑い、扉に手をかざした。「一緒に見つけましょう。この扉の向こうで」
扉が重々しく開き始め、二人はその先に足を踏み入れた。目の前に広がる光景は、これまでの旅で見たどんな場所とも異なっていた。そこには、星空のような無限の空間が広がり、無数の光の粒子が漂っていた。その中心に、一つの巨大な水晶が浮かび、その中には、古代の文字が刻まれた巻物のようなものが封印されていた。
「これが……真実を封印しているもの?」ルカはその光景に驚き、目を見張った。
「そうよ。この水晶の中には、この世界の始まりから続く全ての記憶と歴史、そして輪廻の根源が記録されているわ」アメリアは水晶を見つめながら説明した。「これに触れれば、全ての真実が明らかになる」
ルカは一歩前に進み、手を水晶に伸ばした。しかしその瞬間、彼の頭の中に何かが強烈に響いた。まるで誰かが彼の意識に直接語りかけてくるような感覚だった。
「お前にその覚悟があるのか?」
その声は低く、重々しく、そして威厳に満ちていた。ルカは立ちすくみ、その声に対して自問自答した。
「覚悟……?」彼はその言葉を反芻した。
「この水晶に触れ、真実を知れば、全てが変わる。世界の秩序が揺るぎ、輪廻は断ち切られ、新たな未来が生まれるかもしれない。しかし、それには犠牲が伴う。お前自身もまた、その一部となる覚悟はあるのか?」
ルカの心の中に、これまでの旅での出会いや失われた命が次々と蘇ってきた。彼が守りたいと思ったもの、守れなかったもの、そして自分が何者なのかという問い。それら全てがこの一瞬に集約され、答えを求めていた。
「俺は……」ルカは深く息を吸い込み、決意を固めた。「俺は、この世界を救いたい。もう誰かが犠牲になるのは見たくない。もし俺がその覚悟を持つことで、未来が変わるなら……俺は、その覚悟を持つ」
ルカの言葉が終わると同時に、水晶が一瞬輝き、次の瞬間には静かに割れた。中から現れた巻物が宙に浮かび、ルカの前にゆっくりと降りてきた。
「これが、全ての真実か……」彼は慎重に巻物を手に取り、開こうとした。
しかし、その瞬間、アメリアが突然叫んだ。「ルカ、気をつけて!」
彼が振り向くと、背後に無数の黒い影が現れ、彼らに襲いかかってきた。まるで過去の罪や悲しみが具現化したような不気味な存在だった。
「この場所が俺たちを拒んでいるのか……!」ルカはすぐに剣を抜き、アメリアと共に戦う体勢を取った。
「これもまた、試練よ。真実に触れる者には、必ず過去の罪が追いかけてくる。それを乗り越えなければならないの」アメリアは冷静に影に立ち向かい、魔法を放つ。
二人は影たちと激しく戦いながら、徐々に巻物を守り抜くために動いていった。影たちは無数に現れるが、ルカとアメリアは息を合わせて次々と倒していく。
「もう少しだ……!」ルカは叫び、最後の一撃で影を消し去った。
静寂が戻った空間で、ルカは再び巻物に手を伸ばし、ゆっくりとそれを開いた。
中には、世界の成り立ちと、その輪廻の仕組みが克明に描かれていた。そして、その輪廻を永遠に断ち切るための「鍵」が明記されていた。
「これが……俺たちの答えか」ルカはその内容をじっと見つめ、胸の奥で何かが震えるのを感じた。
「でも、これを使えば……」アメリアは恐る恐る言葉を続けた。「私たちもまた、輪廻の一部として消え去るかもしれないわ」
ルカはしばらく考えた後、強い眼差しでアメリアを見つめた。「それでも構わない。俺たちがこの世界を救うために存在していたなら、それが俺の最後の使命だ」
アメリアは一瞬驚いたように見えたが、やがて穏やかに微笑んだ。「あなたらしいわね」
そして二人は、巻物に示された「鍵」を使い、この永遠の輪廻を断ち切る準備を始めた。それが世界にとって新たな未来への一歩となることを信じて。
第7章:終焉と再生
ルカとアメリアは、巻物に示された「鍵」を握りしめ、その力を使って輪廻を断ち切るための儀式を始めた。周囲の星々のような光が徐々に強まり、空間全体が震え始める。時間も空間も、すべてが崩れ去ろうとしているかのようだった。
「このまま進めば、全てが終わる……そして新しい世界が始まるわ」アメリアは冷静にそう言ったが、その目には一抹の不安が浮かんでいた。
「終わる……でも、俺たちはその新しい世界を生きることができないのか?」ルカはふと問いかけた。自分の命が儀式の一部として捧げられる覚悟は決まっていたが、それでも彼の心の中にはかすかな望みがあった。
「新しい世界が生まれるためには、私たちはこの輪廻と共に消える必要があるわ。私たちが犠牲になることで、次の時代が生まれる」アメリアの声には悲しみが滲んでいた。
ルカは一瞬、手にしていた「鍵」を見つめた。それは、彼らが目指していた目的地への最後の一歩だったが、その代償はあまりにも大きかった。
「これが本当に、俺たちの使命だったのか?」ルカは自問自答した。
アメリアは小さく頷いた。「そうよ。でも、私はあなたと一緒にここまで来られたことに感謝しているわ、ルカ。たとえ私たちが消えるとしても、この旅は無意味ではなかった」
その言葉を聞いて、ルカは静かに微笑んだ。「俺もだ。お前と一緒に戦えてよかった、アメリア」
二人は互いに目を合わせ、最後の瞬間を迎える準備をした。「鍵」を使って輪廻を断ち切る儀式は最終段階に入り、光が一層強くなり、全てが白く染まっていく。
その瞬間、時が止まったかのように感じられた。
エピローグ:新たな夜明け
気がつくと、ルカは草原の中に立っていた。風が穏やかに吹き、草花が揺れている。彼はゆっくりと目を開き、自分がまだ生きていることを理解した。だが、何かが違っていた。この世界は、彼が知っていた場所ではなかった。
「ここは……?」ルカは周囲を見渡しながら、混乱した表情を浮かべた。
「新しい世界よ」優しい声が背後から聞こえてきた。振り返ると、アメリアがそこに立っていた。
「アメリア……?」ルカは驚きの声を上げた。「どうしてお前が……俺たちは消えるはずだったんじゃないのか?」
アメリアは微笑んで首を振った。「私たちは新しい世界に生まれ変わったのよ。この世界では、輪廻が断ち切られて、全てが一から始まるわ」
ルカはその言葉を聞いて、しばらくの間言葉を失っていた。彼が望んでいた未来が、彼の目の前に広がっているのだ。
「つまり、俺たちは……新しい人生を生きられるってことか?」彼は信じられないような表情でアメリアに尋ねた。
「ええ。新しい命、新しい可能性。この世界では、過去の痛みや苦しみはもう繰り返されないわ」アメリアは穏やかに言った。
ルカはその言葉に安堵し、胸の奥に広がる新たな希望を感じた。彼とアメリアは、共に新しい世界を歩み始めることができるのだ。
「これからどうする?」アメリアが尋ねた。
ルカは空を見上げ、柔らかな光が降り注ぐ新しい世界を眺めた。「俺たちで、この世界を創り直そう。今度こそ、誰もが幸せになれる未来を」
アメリアは微笑み、ルカの隣に並んで歩き始めた。二人の前には無限の可能性が広がっていた。この新しい世界で、どんな物語が紡がれるのか、それはまだ誰も知らない。
だが、一つだけ確かなことがあった。彼らが築く未来は、決して過去のように悲しみや絶望に支配されるものではないということだ。
FIN
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