タイムカレンダー 2
帰宅するとまずシャワーで汗を流して、着替えをした。髪を乾かしジェルのワックスを全体に馴染ませ、八二分けくらいに分けて左に髪を流し、残りの前髪を右耳にをかけた。帰りは徒歩で帰るからNBのスニーカーを履いた。中心街にバスで向かい、バス停から程近い、いしとくビル2階にあるM-Wに着いた。重厚な木の扉を開けると扉上部の鈴がカランと鳴った。
「いらっしゃい」遥が迎えてくれた。
「お疲れー」
「バイトどうだった?忙しかった?」
いつも通りかなと俺は答えてカウンターに座った。
遥は店のロゴが入ったの黒い半袖のポロシャツを着ていた。デニムのショーツはそのままだった。
「今日バイクは置いてきたんでしょ?ビールにする?」
「まずはヴァイツェンでも飲もうかな」
平日の火曜日とあり客は疎らで俺の他には2組居るだけだ。M-Wは15席程のテーブル席とカウンターがあり、そこまで大きいと言える店ではないが、壁や床は木組みで温もりのある居心地の良い店だ。ジャックジョンソンやオアシスやレッチリなどジャンルを問わず洋楽をメインに音楽を流している。
乾杯、と遥はエアーで俺のグラスに手を当てた。バナナ香を嗅いで丁寧に舌の上から喉へとビールを味わう。ふうと一息つくとキッチンからバイトのテツが「お疲れ様です」と声をかけにきた。何か食べますと聞かれハンバーガーとジャークチキンを注文した。モーちゃんは今日は休みらしい。平日だしなと自分を納得させた。
遥と談笑していると奥からユウさんが顔を出した。「いらっしゃい、調子どうよ」と聞かれ「良い感じですよ」と俺は返した。
オーナーのユウさんは26歳、大学の頃はオーストラリアにワーキングホリデーで渡航していた。黒髪の短髪で目鼻立ちがくっきりしている。南米系の濃い顔で格好いいと俺は思う。
「今日は沖縄のIPAを入れたから飲んでみなよ、柑橘系の香りと強めの苦味が美味いよ」
「このビールを飲み終えたら飲んでみますよ」
「うん、ゆっくりしていってね」と言い残してユウさんは奥に戻っていった。
店にはジャックジョンソンのGood Peopleが流れている。
グラスを片手にそういえばと切り出した。「今日点検に飲酒運転で来た奴がいてさ」
「信じられない」
「だよな、社長も厄介な事にしたくないから直ぐに見て帰せって言われたよ」
「確かに関わりたくないね、作業はしてあげたの?」
「ブレーキ関係をちょっと直してあげたよ」
「そっか、何か怖いな」
「まあ二度と来ないと思いたいし悪い気にさせたらごめんな」
「ううん、平気よ」と遥は静かに言葉を漏らした。
2杯目の沖縄のIPAを飲み始めた頃にテツがハンバーガーとジャークチキンを持って来てくれた。
「どうぞ、お待たせしました」
「ありがとう、めっちゃ美味そうだね」
「ありがとうございます。バッチリ作りましたよ」
「いただきます」
今日の昼はろくに食べてなかったから相当腹が減っていた。ハンバーガーのパテは囓ると牛の油がジュワッと出てとてもジューシーだ。ジャークチキンはハーブやスパイスの香り、チリのピリッとした辛さが混ざり合って、とても上手く苦いビールにもかなりマッチする。
遥は俺と話をしたり、他のテーブルの接客や客と話をしながらと、傍から見ても生き生きと仕事をしているように見えた。3杯目はラガーを飲み僅かに酔いを覚える頃23時になり、遥のバイト終わりの時間になった。
「遥はもう少し飲んでいく?」
「いや、今日はこの辺にして帰ろうかな。一緒に帰ろうよ」
「じゃあちょっと待っててね、着替えてくるよ」
遥が帰り支度をしている間にテツとユウさんに挨拶を済ませた。
外に出ると風は少し冷気を孕み秋が近づいていることを知らせる。日中の暑さが嘘のようだ。
「遥寒くないか?」
「少し肌寒いけど歩いているうちに慣れそうかな」
小さな街の中心街から5分も歩くと辺りは闇に包まれる。黙っていると足音が街を支配しそうな位に人気も無い。
「明日はどうするの?」
「明日はバイト休みだしターくんが作ったタイムジャックの歌詞を完成させたいから籠ろうかな。それで気が向いたらその辺バイクでブラブラしようかなって感じ」
「頑張ってね。私も明日は予定が無いからのんびり読書したり音楽聴いたりゆっくり過ごそうかな。」
「良いじゃん、ゆっくり休めよ」
「うん」
「また近いうちに連絡するからツーリングでも行こうぜ」
「オッケー、まだ暑いうちにね」
20分ほど歩いた先の住宅街に遥の実家がある。じゃあまたねと言い遥と別れた。そこから10分程先に俺が住むアパートがある。「悪い予感のかけらも無いさ」か、軽い酔いの中今日も充実した一日だったと思い帰宅した。蛇口を捻りグラスに水を注いで飲み干した。上は着の身着のまま、下だけ部屋着のハーフパンツに着替えた。YouTubeでジャズと検索してヒットした誰の曲かわからない曲を聴きながら歯磨きをした。瞼が重くなってきて、横になると直ぐに世界は暗転した。
<続>