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真ん中の布団の上から


幼い頃
目が冴えてしまう程の寝苦しい夜
母に声をかけると
母は 
静かにしてごらん
州を満たす風が吹くから   と
オレンジ色の部屋で小さく呟いた
間も無く
母の合図に呼応し
仏間から畳敷きの寝床に風が流れる
鎖骨辺りから力を抜くと
両手を伸ばした幅より狭い川のような風が
腰から下に吹いていくのを感じた
母は級長戸辺命だった

大人になり子を持ち
言葉ではなく
布団の彼方此方に冷たい場所を探し
寝返りを打つ我が子の為に窓を開けた
外気温も漸く下がり  
実家と同じオレンジ色の部屋に
冷気が流れ込む
肌に触れると汗は乾いていて
36℃半ばの体温を保っている
わたしはまだ風を呼ぶことはできないが
夜に覚醒する性で室温を保ち 
眠れないままの丑の刻に僅かに感謝する
月のような安らかな寝息が伝う

すうっと眠ってしまった日を
未だに覚えている
母は明け方に窓を閉めたのだろう
朝起きると窓は閉まっていた
勤め人の母の慈愛が
三十路を過ぎて身に沁みた
今度はわたしの番
風を呼ぶ為の言霊を
我が子の為の言霊を
操れる日が来ることを静かに願う
窓を閉め
体を横たえて世界の暗転を思う

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