タイムカレンダー 5


   いつもスタジオに行く時に通る沼田の交差点に居る。角で向かい合う自動車販売店としゃぶしゃぶの専門店。車が行き交っている。とても鮮明に見え夢とは思えないほどのリアルさ。これが今日の夢だ。

   大きな背伸びをして、よく寝たなあと欠伸交じりに声を出した。写真が幾つも貼られた壁掛けのコルクボードに朝陽が差している。ふと目線を落とすと、沼田の交差点で何気なく遥(はる)と二人で撮った写真が床に落ちていた。
   うーん、この写真はこれといって深い思い出も無いはずなんだけどどうして飾ってるのかな。二呼吸ほど写真を手にして記憶を探ってもそれらしい答えはやはり無かった。まあいっかと内で呟き、元あった場所に写真を貼り付けた。
    今日も夢を見なかったなあ。遥は昔からよく夢を見るって言うけどどんな感覚なんだろう。ベッドに腰掛けて頬に手を置いた瞬間にパッと時計を見ると8時35分だった。さあ準備、準備。遥が迎えに来ちゃう。
    一階に降りてお父さんとお母さんにおはよ、と声をかけて洗面所で顔を洗った。部屋に戻り白の丈の長いTシャツと薄い色のデニムに着替えて化粧をし、化粧を終えると再び一階に降りてキッチンに立った。
   お母さんが「何か作るの?」と聞いてきた。
「今日は遥のバイクでツーリングに行くからおにぎりとサンドイッチ作るんだ」
「あら、楽しそうね」
「うん、遥の好きな鮭のおにぎりとたまごサンドにしようと思ってね」
「そう、気をつけて行ってらっしゃい」
「了解」
「遥くんにもよろしくね」
「はーい」
   フライパンに油を敷いて鮭を焼く。片側5分程度焼いたら裏返してさらに4分焼く。焼き終えたら軽く身をほぐしおにぎりの中に入れる、海苔を巻けば完成。フライパンをサッと洗い次はサンドイッチの種のスクランブルエッグを作る。たまごと牛乳と塩を泡立て器で混ぜ、バターをフライパンで熱する。混ぜたたまごを入れ、ジューと底が固まりかけた所をヘラで掬うように繰り返し柔らかいスクランブルエッグが完成する。レタスを千切って洗い水気を取りパンに挟む。
「良し、我ながら完璧」
籠のバスケットにおにぎりとサンドイッチを入れる。
「遥もうすぐかな」
    9時50分インターホンが鳴り、画面を覗くと遥だった。
「ちょっと待ってね。すぐ出まーす」
「おう」
「それじゃあお母さん、行ってくるね」
「いってらっしゃい」とお母さんに見送られた。
  「おはよう。リュック?そんなに荷物あるの?」
「おはよー、お昼は外で食べたいからおにぎりとサンドイッチ作ったんだ」
「まじ?楽しみだな」
「じゃあ、しゅっぱーつ」
「オッケー、メット被って後ろに乗りな」
「天気も良いし気持ち良いね」

   遥を後ろに乗せて、まずは国道45線に出る。橋を渡りパチンコ屋がある最初の大きな交差点を左折する。消防署や小学校を通り過ぎて、小さな商店がある交差点を右折する。
「風が心地いいね」
「うん、最高のツーリング日和だな」
一瞬白浜の海を横切り、片側一車線の道をひた走る。
「あと10分くらいだね」
「そうだな」
林を抜けると種差海岸に着いた。広がる天然の芝生、青い海、岩々に打ちつける波、熱をかいくぐり吹く風の柔らかさ、とても綺麗な景色だ。   「着いたー、気持ち良い」
「荷物持とうか?」
「ううん、平気。そんなに重くないしね」
「芝生の方に行こうか」
「よーい、どん」遥は突然走り出す。
「待てよ、車が来るか確認しろよ。子供じゃないんだから」
遥は聞く素振りもなく走って行く。
暫く芝生を走り回って追いかけたり追いかけられたり、誰も判断できないのに寝転んで人文字を作ってみたりと子供のようにじゃれた。
「去年以来だね」
「ああ、今年もバーベキューは白浜ばかりだったからな」
「14日も白浜だもんね」
「うん、来週あたりから日中も気温上がらなくなるみたいだしこっちも今年最後かな」
今日も予報では30℃を超えると言っていたが海風のせいか幾分涼しく感じる。
   写真を撮ろうと遥が言ってそれぞれの写真を、ピースサインや顎を突き出す様や、空に手を翳してたりと様々なポーズをして撮りあい、肩を寄せて海をバックに自撮りしたり多くの記憶をスマホに残した。
  「そろそろお腹空かない?」
「だいぶ走り回ったしぺこぺこだよ」
「じゃあお昼にしよう」
「そうすっか」
小高い丘の上に円状のコンクリートでできた休憩所があり、二人で腰掛けた。
「今日は自信作だよ、召し上がれ」
「いただきまっす。あっ、鮭のおにぎりじゃん」
「遥は小さい頃から好きだもんね」
「めっちゃ美味いよ」
「ありがとう、サンドイッチもあるからね」
「うん、幾らでも食べられそう」
「時間はあるんだからゆっくり食べなよ、早食い治らないね」
「美味いからしょうがないじゃん」
2人でまるで子供の頃から変わらないように他愛無い事をさぞ楽しそうに語った。変わらぬ風景をさぞ新たな発見のように語った。
何処までも二人の世界は重なったまま続いて行くと思って止まなかった。10年後も20年後も。

「最後に水辺の方に行こうよ」
「腹も熟れてきたし、競争するか」
「3.2.1でスタートね」
「おっけー、余裕で勝つよ」
「3.2.ゴー」
「きたねえ」
「追いついてごらん」
小学生の頃以降遥と競争なんてしなくなったけど、久しぶりに全力で走った。俺は5秒と経たないうちに遥に追いつき追い越した。
「速くなったんだね」
「そりゃ成人の男なんだし負けるわけないっしょ」
「悔しい」
「追いついてみな」
「ちょっと待ってよー」
    砂浜まで辿り着くと俺は履いていたスニーカーを脱いで、遥も黒のパンプスを脱いで波打ち際まで歩いた。波音は静かに寄せては返す。水に入ると最初は冷たかったが慣れてくるうちに丁度よく感じた。遥は波をバシャバシャ蹴ったり、ふざけて俺に水飛沫をかけてみたり、こうもありきたりな風景が愛おしいのは何故なのか直ぐには答えが出なかった。
陽がやや傾きかけて、水はさらに煌めきを増した。
「来年も二人で来ようね」
「おう、もちろん」
「今日は来られて良かったよ、なんか凄く気分が晴れやかになったなぁ」
「俺も楽しかったよ、時間を忘れてはしゃいだな」
「遥は時間を戻したいとか考えた事ある?」
「うーんどうだろう、今が楽しいし過去に戻って同じ今日を迎えられないのは寂しいな。どうして?」
「どうしてかな、何かフッと思い浮かんだんだよね。私も戻したくないかな、もし遥とこうしていられなかったら寂しいし」
「じゃあ明日からもよろしく」

    靴を履いて駐車場まで並んで歩いた。軽い沈黙も心地良かった。遥にメットを渡し、俺もメットを被りエンジンをかけた。
「じゃあ帰ろう」
「おう、出発するよ」
    西日は更に傾いていく。遥を家に送り、俺はその後コンビニに寄り帰宅した。ソファに横になり今日撮った写真を見返す。ページを捲っていると、ついふふっと声を出して笑ってしまった。バターのように意識は溶け出して、ガタンとスマホを落とした音に少し驚いたが、そのままこの日は眠ってしまっていた。









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