『バリカンに魅せられて』
坂崎愛花。理美容専門学校生。
私の家は代々床屋を営んでいる。子どもの頃から両親の仕事を見てきた。自然と私も跡を継ぐことになり、今は専門学校に通っている。
今日はバリカンの使い方の講義と実演。一通りの扱い方を学び、ウイッグで練習をした。最後に先生に言われた。
「…なお、出来れば君たち自身でバリカンを体験してほしい。もちろん無理にとは言わないが、何事も一度体験しておいた方がいい。バリカンで刈られるのはどんな気持ちか、どんな感触かが分かるとなお勉強になる。因みに君たちの先輩には、刈り上げや坊主にまでした女性もいた。」
最後の言葉が重く響いた。何度も男の人がバリカンで刈られるのを見てきたが、もちろん自分で体験したことはない。ショートにもしたことがないから、バリカンとは無縁だった。先生は「無理にとは言わない」と言っていたから、まぁいいかとこの時は考えた。
だが、親友の咲江は全く違う考えだった。
「愛花、今日の授業で最後に先生が言っていたよね。『バリカンは体験した方がいい』って。」
「うん、言ってたよね。私はやらないけど。」
「私はこの際やってみようかなって思っているの。」
「やってみようって…刈り上げにでもするの?」
「いいや、やるんだったら坊主でしょ。」
「ぼ、坊主?嘘でしょ?そんなに長いのに?」
咲江は見事なロングヘアをなびかせている。まさかこの髪を坊主にするなんて、きっと冗談だろう。だが咲江は
「嘘じゃないわ。そろそろ切ろうかなって思っていたの。昔は部活でショートだったし、今は彼氏なんかいないし、もちろん忙しくて作る気なんてない。坊主にした後はウイッグでも被れば問題ないでしょ?」
「でもだからって坊主にしなくても…刈り上げぐらいでもいいんじゃない?こんなに長いのに…。」
「だって私は理容師になるのよ。坊主にする客はたくさん来るでしょ。だったら今のうちに体験しておいた方が、坊主にする人の気持ちとかバリカンの扱い方が分かっていいと思うんだ。」
正論だった。何も言えないでいると
「どうせなら愛花がやってみる?」
「えっ!?やるって何を?」
「もう鈍いなぁ。私の髪を坊主にしてみない?」
「咲江の髪を?」
「そう。やっぱりウイッグなんかじゃなくて本物の髪を切った方が練習になるでしょ?」
「それはそうだけど…。そんなことしていいの?」
「いいって。ロングからいろいろな髪型を試して、最後に坊主にしてくれたらいいわ。」
確かにこれだけ長い髪ならば、いい練習にはなるだろう。でも…
「本当にいいの?私の練習台にしちゃって。」
「愛花だからいいのよ。」
週末の放課後。咲江の髪を切るために学校の練習室を借りた。
「まずは男性のようなショートにしてね。」
「うん、いいけど本当にやるの?」
「やるわ。床屋になるんだからこれぐらいどうってことないわ。」
「じゃあバッサリ行くね。」
苦労してブロッキングをし、首筋で勢いよくハサミを入れた。30センチはあろうかという髪束が落ちる。その後も次々に切っていき、ひとまずボブにした。
それから髪を掴んでは切っていき、徐々にショートヘアにしていく。男性にしては少し長目のショートにしておいてから、バリカンを手にした。
「これから刈り上げ行くから、下を向いてね。」
「うん。」
咲江の白いうなじにバリカンを潜り込ませる。ブーンと音を立てて、咲江の襟足を刈り取る。バリカンが通った跡は髪が数ミリしかなかった。
これが刈り上げなんだ…なんで男性はこんな髪型にするのだろう。女の私には信じられなかった。後ろを刈り上げ終わった時、「ちょっと見せて。」と言われた。「わぁ、初めてにしては上手いじゃない。続けてよ。」
横の髪にバリカンを入れる。ツーブロックというやつだ。やがてそれも終わると、男前になった咲江がいた。
「うんうん、いいよ。じゃあ次はスポーツ刈りにして。」
先ほどよりも高い位置にバリカンを入れ、あとはハサミを全体に入れてスポーツ刈りを作っていく。大胆に切っていき、前髪も短くした。しばらくすると少年そのものになっていた。
「さすがは床屋の娘ね。悪くないわ。じゃあ次はいよいよ丸刈りね。」
「本当にいいの?もう私は十分に練習出来たけど…。」
「だから言っているでしょ!いいの、私のことは気にしないで。私がやってみたいって言っているんだから。もうここまできたら坊主にするしかないでしょ?あ、この際一番短いのでお願いね。」
一番短い刃は0.1ミリだ。ほとんどスキンヘッドになる。でもここまで来たら四の五の言うのは止めた。
「じゃあご注文通りの丸刈りにしていきます。」なんて畏まって言ったものだから、咲江は爆笑した。
咲江の前に立ち、前髪からバリカンを入れた。バリバリと咲江の髪を刈る。スポーツ刈りではまだ髪があったが、今度は髪を根こそぎ刈っていく。
不思議な感覚だった。あれだけ長かった咲江の髪をバッサリ切り落とし、今度はバリカンで根本から刈っている。次第に坊主になっていく咲江。バリカンって凄い。人類はこんなに凄い物を発明していたのか…しかも面白い。
小さい頃はいつも両親の側にいて、坊主にする人を何人も見てきた。今までは何とも思わなかったが、いざ自分がやってみると、徐々に坊主になってくことに興奮を覚えた。
それは女性相手だからかもしれない。たまに女性客が来ることもあったが、大抵は顔剃りだ。時折バッサリ切る人もいたが、せいぜいボブにするぐらいだった。
夢中になっていた。無言でただひたすらバリカンを進めていた。僅かに黒い部分を見つけると、そこにバリカンを持っていく。刈り残しがないようバリカンを進めていった。
やがて丸坊主が完成した。本当はこのまま剃ってみたかったが、まだ剃刀は勉強していなかったから出来なかった。
「うわぁ!!すごいや。本当に坊主になっちゃった!!」
「ありがとう。途中から楽しくなっちゃった。」
「ひどい!本当は私だって決死の覚悟だったのに!」と笑われた。
「次は愛花の番よ。愛花も坊主にする?」
「私は嫌よ。隠し刈り上げぐらいにしておくわ。」
「そんなんじゃつまらないわ。床屋に来る男性で隠し刈り上げなんて聞いたことないでしょう?それにこれだと結んだら見えるし風が吹いてもだめよ。大人しく刈り上げショートにしようよ。」
「えー…でも…。」
「ほら、髪を切られる気持ちを体験しておいた方がいいでしょ。それに髪はすぐに伸びるんだし。」
肩まで伸びた髪を触って逡巡していると、咲江は問答無用とばかりにケープをかけてきた。
「はいはい、うじうじ考えていないでバッサリ切るよ!そのために来たんでしょ?」
「う、うん…。」
手早くブロッキングされた。そしてすぐさまハサミを入れてきた。首筋に冷たい刃が当たり、思わず首をすくめた。
「ほら、こんなに切っちゃったよ!」そう言って今切ったばかりの髪を私に見せてきた。正直ショックだっだ。
「すごい…こんなにバッサリ切ったことないわ。」
「まだまだ切っていくからね。」
そして断髪が再開された。咲江のハサミは少し迷いながらも、的確に短く切っていく。少しずつ頭が軽くなっているような気がする。
咲江がハサミを置き、鏡を見せてくれた。案外悪くないショートになっていた。でも本番はこれからだ。バリカンを準備する咲江を見てドキドキした。
「なんか怖いよ…本当にやるの?」
「当たり前でしょ。ここまで来て止めるわけにはいかないわ。ほら、覚悟を決めて!」
「咲江みたいに短いのは嫌よ。」
「はいはい。じゃあ3ミリにしておくね。」
「あんまりたくさん刈らないでね。お願いよ!」
「そんなこと言われると…スポーツ刈りにでもしちゃおうかな?」
「やだやだ!!」
「あはは、冗談よ。ちょっとからかっただけよ。大丈夫。きちんと刈り上げにしてあげるから。」
そして頭を抑え、バリカンが入った。人生初めてのバリカン。おもわず悲鳴を上げた。刃の冷たい感触と、髪が刈られていく感触。どちらも始めての経験だ。バリカンで刈られるのがこんな感じだったとは…。
バリバリと髪が刈られていくのがわかる。今しがた咲江にしたように自分も刈られている。
始めはなんか嫌だった。でも何度もバリカンで刈られるうちに、変な心地良さも感じて始めていた。なんでバリカンなんか気持ちいいって思うんだろう…。気づくとアソコが濡れていた。やだ!恥ずかしい。こんなところで…自分でもわかるぐらいに赤面していた。
後ろが終わると、咲江は無言で耳横の髪も刈り始めた。それまで髪で隠していた耳が出されると、また恥ずかしくなった。
やっと断髪が終わった。鏡を見せてもらうと、横と後ろが青々と刈り上げられていた。
「すごい…。」思わず手で触った。ジョリジョリしていた。
「私の頭も触っていいよ。」
おっかなびっくり咲江の頭を触らせてもらう。私よりもザリザリしている。これが丸坊主か…刈り上げとはまるで違う。
その晩は悶々として寝られなかった。何度も鏡を見ては自分の刈り上げられた頭を触った。そして咲江の坊主頭の手触りや、バリカンで刈る感触を思い出していた。何度も思い出していた-。
月日が経ち、私は無事に国家資格を取得し、中型店で仕事を始めた。雑
用やシャンプーをこなし、しばらくするとお客さんの髪をカット出来るようになった。男性だけあってバリカンの使用頻度は高い。でもなかなか坊主にする客は来ない。そんなある春の日に、高校生が来店した。イケメンの彼に胸が高鳴る。
「こんにちは。今日はどうするのかな?」
「あの…丸刈りにして下さい。」
「いいの?今の髪型も似合っていますよ。」
「はい、野球部に入ったので…。」
「野球部…ならば仕方ないわね。長さはどうするの?」
「1㎜にしてこいって言われました…。」
「すごく短くなるけどいいのね?」
「はい…。」
内心小躍りしたかった。あの日以来の丸刈りだ。しかもこんなイケメンで、1ミリと言ってきた。泣きそうな彼の顔を見てますます興奮した。
敢えて前髪からバリカンを入れることにした。バリカンを淡々と準備している間、彼の表情を盗み見た。顔が真っ青になっている。バリカンを入れたら泣いちゃうかしら。そんな時は「男の子でしょ!」と叱ってあげようか。
「バリカンは初めて?」と少し意地悪な質問をしてみた。
「刈り上げぐらいはありますが…坊主は初めてで…。」
「そうなのね。でも大丈夫よ。すぐに終わるから。じゃあ前髪から入れていくわね。」
そして額にバリカンを入れる。ウッという彼の小さい声が聞こえる。バリカンが通った跡だけ青白くなった。
「痛くなかった?」
「は、はい…。」
バリカンを再開する。地肌が広がりどんどん坊主になっていく彼を見て、次第に欲情していった。もっと短くしたい。わざと間違えて0.1ミリのアタッチメントを付ければ良かった。どうせ初めてだから分からないだろう…。
綺麗に整えられた髪が、一瞬で刈り取られていく。なんと残酷なことなのだろう。ゾクゾクしながらバリカンを進めて行く。横と後ろにも容赦なくバリカンを入れて、丸刈りが完成した。元がイケメンだから丸刈りでも格好いい。「また来てね」と伝えた。
咲江以来数年ぶりの丸刈り。その晩はほとんど寝付けなかった。寝ようとするとバリカンの感触、刈っている場面が蘇ってきて寝付けなかった。気づくとアソコに手が行っていた。
それからポツポツと丸刈りにする客が訪れた。だが5ミリとか9ミリとか、長い丸刈りを希望する客が多く、若干欲求不満だった。せめて2ミリ以下にしたい。スキンヘッドにもしてみたい。丸刈りにするのに地肌が見えないのは不満だ。
そんなある日、若い女性が来店した。女性客の場合は私が担当することになっている。椅子に座った彼女は、腰まで届く見事なロングヘアだった。
十中八九顔剃りと思い尋ねてみた。
「こんにちは。ご来店ありがとうございます。今日は顔剃りですか?」
「いえ、カットをお願いします。」
「カット…ですか?お客様のようなお綺麗な方でしたら、床屋よりも美容院の方が良いと思いますが…。」
「違うんです。床屋さんでないとだめなんです。」
「それは…?」
「剃って下さい。」
「えっ?今なんて…?」
「この髪を全部剃って…スキンヘッドにして下さい。」
「こんなに長い髪を…何かあったのですか?」
「…私、芸大生です。絵を描いています。でも最近スランプで、ほとんど描けなくなってきて。一度何もかもリセットしてみようと思ったんです。」
「そのために髪を…?」
「はい。まずはこの髪を失くして外見をリセットすれば、何かが見えてくるかもしれないと思って、今日来ました。お願い出来ますか?」そう言って唇をキッと結んだ。
「少しお待ちください…。」
いつかまた女性を坊主にしたいと思っていた私には、渡りに船だった。だが一応店長に相談してみた。店長も彼女に話を聞いてみたが、決意は固いようだった。
「うちの店には女性を坊主にしてはいけないという決まりはないし、本人がどうしてもって言うんだったらやってもいいよ。」
彼女にケープをかける。
「まずは荒切りをしていきますね。」
ブロッキングもせずに、首筋にハサミを入れる。鈍い音を立てて切っていき、腰まで届く髪を切った。その瞬間の彼女の表情は、私のサドッ気を呼び起こすには十分だった。
横の後ろに合わせて切り、ボブにした。「短い…」と呟く彼女。彼女はおそらく後悔し始めている。いくら芸術のためとはいえ、この選択は果たして良かったのか。そんなことを考えているのだろう。
私はバリカンを準備する。わざと彼女に見えるように、そしてゆっくりと準備する。恐怖の表情がまた私をゾクゾクさせる。こんな美人を丸刈りにしたら、いったいどうなるのだろう。笑みがこぼれそうになったが我慢した。
彼女の前に立つ。後ろから刈った時、万一「やっぱり止めて!」と言われたら、刈り上げかせいぜいスポーツ刈りぐらいで仕上げるしかない。けれど前髪から刈ってしまえば、あとは丸刈りにするしかない。それを計算してのことだった。
「ではいきますよ。」
そう言ってバリカンのスイッチを入れて彼女の額にバリカンを近づける。ギュッと目を瞑る彼女。この美しい黒髪を、今から根こそぎ刈り取る。心臓がバクバクいっている。
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