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「プリゴジンの亡霊」

「プリゴジンの亡霊」におびえるプーチン氏…半年後の大統領選での再選は本当に「確実」なのか?

2023-09-03 13:46 :TBS NEWS DIG Powered by JNN

ロシアの夏は短い。バルト海に面した第2の都市サンクトペテルブルクでは、8月末になると冷たい海風が吹き始め、日中でも分厚い上着が必要になることがある。

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この町で生まれ育ったエブゲニー・プリゴジン氏が8月29日、郊外の墓地に埋葬された。墓石の脇には彼が率いた民間軍事会社「ワグネル」の旗。

そして赤いバラに囲まれた遺影。参列者は家族や親しい友人ら20数人のみで、葬儀は40分で終了したという。

プーチン氏に逆らうと「非業の死」を遂げる

プリゴジン氏とワグネルの共同創設者とされるドミトリー・ウトキン氏が乗ったプライベートジェットの墜落原因はまだ分かっていない。

ロシアの独立系メディアや欧米の情報機関は、機内に仕掛けられた爆発物が空中で爆発したとの見方を示している。

米ホワイトハウスは「クレムリンには反対派を殺害してきた長い歴史がある。何が起きたかは明白だ」とロシア政府が関与した可能性を示唆した。

プーチン大統領に逆らった人物は、これまでも非業の死を遂げている。

2006年、チェチェンでのロシア軍による人権侵害を告発したジャーナリストのアンナ・ポリトコフスカヤ氏が射殺された。2015年には、プーチン政権によるクリミア併合などを糾弾してきた野党指導者のボリス・ネムツォフ氏が4発の銃弾を受けて死亡。いずれも実行犯とされるチェチェン人が逮捕されたが、事件の黒幕はわかっていない。

今回のプリゴジン氏暗殺の“捜査”でも、「ウクライナの工作員」や「反プーチン派武装勢力」が突如、“実行犯”として浮上するかもしれない。

「裏切り者」プリゴジン氏に恐れを抱いたプーチン氏

2018年の大統領選前に公開された2時間のドキュメンタリー映画『プーチン』。インタビュアーとプーチン氏との間に次のようなやりとりがある。

「あなたは人の過ちを許すことができますか?」

「できます。しかし、すべてではない」

「許せないのは何ですか?」

「裏切りです」

「裏切者は絶対に許さない」…これはプーチン氏がかつて所属したKGB=国家保安委員会とその後継機関であるFSB=連邦保安局の“掟”とされる。

プリゴジン氏と親交のあったチェチェン共和国のカディロフ首長は「個人的な野心を捨てて国家の最重要事項を優先するように頼んだが、彼には今ここで欲しいものを手に入れたいという願望があった」とSNSに投稿し、その死を悼んだ。

一方、ワグネル部隊を率いて南部ロストフ州で蜂起し、モスクワまで200キロの地点まで迫った「プリゴジンの乱」は、プーチン大統領とクレムリンに恐れを抱かせた。

武装反乱の1か月後、独立系メディアが政権の内部情報として伝えたところによると、FSBの事後検証では「もしワグネルが引き返さず、モスクワ中心部に入っていたら、10万人を超える市民が街頭に繰り出して、政変に積極的に参加したと想定される」という。

ロシアは9月10日に統一地方選、半年後の2024年3月に大統領選を控え、「政治の季節」に入る。その前にプリゴジン氏の動きを完全に封じる必要があったのだろう。

プーチン氏の大統領再選は本当に「確実」なのか

ウクライナでの戦況が膠着する中、プーチン氏が秋に総戒厳令を敷いて大統領選を延期するとの見方もあったが、今のところ大統領選は予定通り行われるとみていい。

米紙ニューヨーク・タイムズは8月6日、ロシアのペスコフ大統領報道官が「プーチン大統領は来年、得票率90%以上で再選されるだろう」と述べたと伝えた。

プーチン大統領が“圧勝”で再選されると、民意を気にせず戦争を継続できるようになり、兵力を補うための追加動員令も出せる。

しかし、かつてプーチン氏のスピーチライターを務め、今も政府の内部事情に詳しい政治評論家、アッバス・ガリャモフ氏はBS-TBS『報道1930』とのインタビューで「プーチンの本当の支持率は政府が公表している数値よりもはるかに低い。30%ぐらいだと思う」と指摘した。

2011年12月の下院選挙では、大規模な票操作が行われたとして、ロシア全土に反政府デモが吹き荒れ、翌年3月の大統領選の際も、激しい抗議活動が続いたが、プーチン体制を支えるエリート層や軍人は、見て見ぬふりをした。

ガリャモフ氏は「今回はウクライナの戦況や欧米の制裁を受けた経済が改善しない限り、エリート層や軍人の不満は高まる」とし、大統領選の前後に「新たな政変の可能性はある」と主張する。

一方で、プーチン氏が大統領選の際に、誰を「首相候補」にするのかも注目されている。

大統領が職務執行不能に陥った場合、大統領代行に就任するのは首相で、後継者になる可能性があるからだ。

現職のミシュスチン首相は、テクノクラート(技術官僚)で支持率も高いが、独立系メディアは、クレムリン内のシロヴィキ(軍・治安機関関係者)の代表格であるパトルシェフ国家安全保障会議書記が、長男のドミトリー・パトルシェフ農相を、プーチン氏の後継者に推していると報じている。

プーチン氏の健康不安説が何度も流されるわけ

こうした中、クレムリンの内部事情に通じているとされるSNSチャンネル『SVR(対外情報庁)将軍』は、「プーチン氏の健康状態は最悪であり、回復の見込みがない。その代わりに影武者が公務をこなしている」と繰り返し投稿している。

『SVR将軍』の流す情報は虚実ないまぜで、あるロシアの外交官は筆者に対し「否定も肯定もできない内容が多い」と苦笑する。ただ、パトルシェフ氏を肯定的に評価する内容が目立つことから、背後に情報機関がいるとの見方もある。

独裁者の健康問題はトップ・シークレットで、実際のところは良くわからないのだが、何らかの意図をもって流されているのだろう。

ウクライナ戦争は「プーチンの戦争」であり、プーチン氏が退陣すれば終結に向かう可能性が高い。半年後の大統領選でプーチン氏の再選が「確実」と言い切るのは、まだ早い気がする。

TBSテレビ報道局解説委員 緒方 誠
情報提供元:TBS NEWS DIG Powered by JNN

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