億万長者の“テクノロジー楽観主義
2023年10月29日
テクノロジー楽観主義は人間にとって不可欠か
テック業界で財を築いた億万長者の“テクノロジー楽観主義”に欠けているもの
BUSINESS2023.10.28 WIRED 『WIRED』エディター・アット・ラージ(編集主幹)のスティーヴン・レヴィによる考察。
ベンチャーキャピタリストのマーク・アンドリーセンはこのほど「テクノロジー楽観主義者のマニフェスト」という文章を投稿した。
テクノロジーが世界をよりよい場所にするという点は正しいが、それ以外の多くの点は的外れである。
「わたしはよい知らせをもってきた」と宣言する一文を強調する文章は、基本的にあなたの金や票、もしくは魂を狙っていると考えていい。
マーク・アンドリーセンはブラウザのパイオニアであり、名の知れたベンチャー・キャピタルであるAndreessen Horowitzの共同創業者だ。
わたしの知る限り、彼は大統領選挙に出馬しようとしているわけではない。しかし、今週投稿された「テクノロジー楽観主義者のマニフェスト」は(彼はよくこういう文章を書いている)、彼のすでに膨れ上がった財布をさらに膨らませようとするものだ。それに同時に、新しい技術、それもリスクの高い技術の際限のない追求を支持し、結果的に人間の多様性を狭めてしまうものである。
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テクノロジーの支配者としての人類
後期資本主義のオリンポス山──シリコンバレーの心臓部「サンドヒルロード」のことだ──からアンドリーセンが放った文章は、人々の称賛と怒りの両方に迎えられた。アンドリーセンはこの文章で、技術が人間の富と幸福の重要な推進力であると主張した。ここについては異論はない。
実際、わたしもテクノロジーの楽観主義者だ。少なくとも、この文章を読む前まではそうだった。この投稿は、この言葉に有害なものを付け加えている。
エアコンやインターネット、宇宙ロケット、電気の照明などはテクノロジーが人類にもたらした「勝利」の欄に収まることは明白である。そしてAIの時代に突入しようとするいまの時代に、破滅的な結果を招かないよう注意を払う必要があるものの、その利点は追求する価値はあると考えている。
しかし、アンドリーセンの投稿は、人類が道具をつくる集団であることを賞賛するだけのものではなかった。人類はテクノロジーによって強化されることが運命付けられている“超種族”であるという過激な宣言だったのだ。作家のアイン・ランドがSubstackの著者として蘇ったかのような内容なのである。「技術とは、未知に対する猛烈な攻撃でなければならず、未知を人間に服従させるものだ」とアンドリーセンは書いている。
「過去も現在も未来も、人類は常に技術の支配者であり、技術に支配されることはないとわたしたちは信じている。被害者意識は技術との関係性を含め、生活のあらゆる面において呪いとなる。そうした考えは不必要であり、自己破壊的だ。人類は犠牲者ではなく、征服者なのだ」(斜体は原文の通り)。
この文章にBGMが付いていたのなら、それはワーグナーの「ワルキューレの騎行」に違いない。アンドリーセンはUber(ドイツ後で“超える”の意味)に早くに投資する機会を逃したかもしれないが、いまはUbermensch(ニューチェが提唱した“超人”)にすべてを賭けている。哲学者のフリードリヒ・ニーチェを「テクノロジー楽観主義の守護聖人」の1人に挙げてさえいるのだ。
金は技術的飛躍を生み出す唯一の動機?
アンドリーセンの文章により適した題名は、おそらく「テック業界で財を築いた億万長者のマニフェスト」だろう。この文章は技術を猛烈に追求することを正当するだけでなく、アンドリーセン自身のようなシステムの勝者に莫大な報酬をもたらす、後期資本主義を正当化するものなのだ。アンドリーセンの理論によると、市場を基盤とする「テクノキャピタルマシン」は、恩恵と生産を確実なものにする生成機なのだ。
世界の足を引っ張り、破壊的な政治的不安を引き起こしている驚くほど拡大した所得格差のことなんて気にも留めていない。アンドリーセンによると、金は、人類を前進させる重要な技術的飛躍を生み出す唯一の動機なのだ。
これは利益を考えずにインターネットの発明に取り組んだ公務員と学術界のオタクにとっては寝耳に水だろう。実際、インターネットの発明者らは何年にもわたって、一切の商業化に対して頑なに反対していたのである。
アンドリーセンは独占と規制には反対すると名言している。彼が立ち上げたブラウザ会社であるネットスケープがマイクロソフトに打ち負かされたときに、そう確信したのかもしれない。しかし、フェイスブック(現メタ・プラットフォームズ)の取締役を15年間も勤めた人物の発言であると考えると、あまりに空虚である。取締役会の議事録を覗いて、アンドリーセンがどれだけ独占とロビー活動を批判していたかを確かめたいものだ。
米国にはびこる問題が見えていないのか
先進的なテクノロジーが豊富な資源を創出し、すべての人々の生活を向上させるとアンドリーセンは主張する。マニフェストにも「資本主義の利益と、弱者を守る社会福祉制度との間に矛盾はないと考えている」とある。しかし、彼が住む米国で最も裕福な地域のカリフォルニア州アサートンからは感じ取れないかもしれないが、米国の状態そのものがこれに対する反論となっている。米国は世界で最も先進的なテクノロジーをもっているが、国民の平均寿命は短くなっているのである。
サンフランシスコなどの都市におけるホームレスの問題についても彼は知っているはずだ。一般的な米国人の多くは住宅を購入する余裕がなく、国民の40%は400ドルの突発的な支出を賄えないという調査結果があることも知っているかもしれない。「テクノキャピタルマシン」は彼らにとっては機能していないようだ。
アンドリーセンはアンディ・ウォーホールのセリフを引用し、心配無用という。そのセリフは、貧富にかかわらず、すべての人がコカ・コーラを楽しめているのだから、この国のシステムはうまく機能していると賞賛する内容ものだ。砂糖水が飲めれば十分だろう!
AI開発を批判する者は人殺しと同じ?
共同署名者は明示されていないが、マニフェストは一人称複数で書かれている。「わたしたちは憤りを完全に拒絶する」と書いている。しかし、この文書は、名は挙げられていないが彼の意見に同意していない批評家に対する憤りで溢れている。「わたしたちは嘘をつかれている」とアンドリーセンはまるで扇動政治家のような言葉を使って断言する。
批評家の名前は挙げていないが、アンドリーセンは「士気を低下させるキャンペーン」の一環として用いられている言葉の存在を読者に警告している。その多くは共産主義から派生したものだという(反共主義のジョセフ・マッカーシーはなぜ守護聖人リストに載らなかったのだろう?)。
士気を低下させる言葉とはどのようなものか?「持続可能性」や「テクノロジー倫理」「リスク管理」などだ。「社会的責任」を支持するって?さては共産主義者だな!
アンドリーセンは自らも批評を受け付けると宣言し、物理学者リチャード・ファインマンの言葉を書き連ねた。「質問できない答えよりも、答えられない質問を受けたほうがいい」と。
しかし、AIの制限なき恩恵についてアンドリーセンとは異なる意見をもち、アルゴリズムが人類を滅亡させる懸念や倫理的なリスクを理由にAIの開発を慎重に進めるべきだと提案しようものなら、彼は文字通りあなたを重罪人として告発するだろう。「AI開発の減速は人の命を奪うのと同義だ。存在することを妨げられたAIによって防げたはずの死は、殺人と変わらない」とアンドリーセンは書いているのだ。
アンドリーセンに何があったのか
わたしにとって、アンドリーセンにまつわる最大の謎は「一体何が起きたのか?」である。わたしが彼に初めて会ったのは1990年代半ばのことだ。米中西部からやってきた彼は、やる気に溢れた楽観的な若者だった。『WIRED』の創刊号を熱心に読み、登場する人たちとのつながりを感じると語っていた(当時の『WIRED』はテクノロジー楽観主義に大きく傾いていたが、それに反対する者たちを人殺しと同じとは言っていない)。
若きアンドリーセンは自信に満ちていた。話し方はとても早く、取材時の音声を書き起こす担当者にとっては厄介な相手だった(驚くべきことに、年月が経つにつれてますます早口になっていった)。しかし、その勢いにかかわらず、当時の彼の話の雰囲気は陽気で、人を歓迎するムードがあった。
そんな彼はいまや数十億ドルもの資産をもつ成功者となり、無政府資本主義を称えている。iPhoneや自動車を提供する資本主義システムの天才を賞賛する一方で、何百万人に医療や住宅を提供できるようにすることには反対しているのだ。こうした問題の解決のほうが、人類にとって価値があるはずだ。しかし、アンドリーセンが目指しているのは、彼と同じように考えるほかのテック業界の大物たち同様、何十億もの人間が宇宙で生活することなのだ。
わたしも確かにテクノロジーの楽観主義者だ。ただし、大文字で強調するほどではない。アンドリーセンがこのマニフェストで提起している重要な問いには同意する。「わたしたちは、わたしたちの子どもたち、そしてその子どもたち、そのまた子どもたちのためにどのような世界を築けるのか?」
しかし、わたしとアンドリーセンの考える解決策は大きく異なっている。
(WIRED US/Translation by Nozomi Okuma)
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