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川にこのまま落ちたら、道路へ飛び込んでみたら
危険なことだとわかっていても、それをしてみたくなる瞬間というのがある。
実際にはやらないから、頭の中でだけで想像するのだ。
「もしも」と。
危険だとわかっていても、どうしてもそういうことをしたい、してしまおうか、と足を踏み出しそうになること。
これって、けっこう、精神的に追い詰められている証拠だなあと思う。
私はわりと普通のひとよりも考え込むタイプだと自負している。
私は考えて考えてどうにもならないと、「どうにかなっちゃえ」って投げだしたくなってしまうのだ。
たぶん生まれたときからの気質としては、かなり大らかな能天気なタイプで「なんとかなるさ」とか「なんとでもなるだろう」の思考タイプだったと思う。
でも、育っていく過程で「こうあるべきだ」とか「こうでなければならない」という母の性格を学んでいったおかげで、「こうすべきだろう」とがんじがらめになってしまう部分がないではない。
基本性格としては、「こうすべき」という考え方があるけれども、でもそれって固定観念的だし多種多様な価値観の中で生きる上では「まあ、そういうこともあるさ」で生きていった方がいいよね~、でもそういう風にあろうとするのってやっぱり難しいわ、という感じ。前途多難。
ちょっと話は逸れたが、私の考え方ってこんな感じである。
さて、私はメンタルがごりっごりに削れていくと、自分のことがどうでもいい、というわけではないのだけれど、「この状況が打破されるのならば、少しくらい自分が痛い目を見てもいいかもしれない」などと思ってしまう。
その一つが「川へ飛び込んで、風邪引きたい(具合を悪くしたい)」とか。
「道路へ飛び出して、自動車にかすめて怪我ですめばいいなあ(死ぬか高度障害かもわからんし、運転手さんがかわいそうすぎるから絶対できないけど)」とか。
ここで、死にたい、とまで思わないのは、たぶん、死ぬのは怖いと思っているからなんだろうなと思っている。
痛いことが好きなわけではない。
さらに死ぬことのが私にとっては怖いことだと認識しているからこそ、こんな風に考えてしまうんだろうなあと。
この危険だけれどやってみたい、いややろうかな、って考えてしまうこと。
この二つが私の思考のほとんどを占め始めるとき、私はその物事の辞め時だなあって思っている。
職を転々としてきて、最終的に「もう無理!これ無理だわ!!!」って脳内の自分が叫び出すのが、この辺り。
最初は「川に飛び込んでみたら……おっといけない」みたいな感じなので。
しかし思考の果てににっちもさっちもいかなくなると、「川に飛び込んだら仕事行かなくて済むかなあ」とか、「川に飛び込めたら死なない程度に具合悪くできて、大っぴらに仕事休めるかなあ」って感じになっていく。これを考えるのは毎朝、勤務先に向かおうとするたびに、だ。
これがいたって普通の思考か、そうでないかはわからないのだけれど。
メンタルごっりごりに削られながら仕事をして、辞める直前はいつも「川へ飛び込みたいな」と結構確定的なことを川や橋を通り過ぎるたびに考えずにはいられなかったので。
私の最後の防波堤というか、それをやったらおしまいよ、は「川へ飛び込みたいと思ったら、そこを辞めろ。いや、辞めるべきだ」と思うことにしている。
いっとき電車通勤していたこともあるのだけど、さすがに電車のところへは飛び込もうとは思わなかったな……。高いところから下を見下ろせる機会があったときも、高いなあ落ちたら死ぬなあ……くらい。
いや絶対死ぬでしょ、みたいなものでは想像をしない。
死ぬのが本意ではなくて、ちょっと仕事休める大っぴらな理由がほしいんだわ、という、けっこうろくでもない理由だったりする。
私のメンタルゲージのふり幅は、そんなところで判断しているのだった。
川に飛び込む、とか、道路へ飛び出す、とか。
そういう、ネガティブなことを考える時って、たいてい姿勢が悪くなっている。内向き。下を向いて、背中を丸めて。まるで、見たくないものを見ないようにしているかのような。
空の色に気づく余裕すらない。
今の私は、空を見上げて「あ、きれいな青」とか「鳥が飛んでる」とか「飛行機見つけた」とか「晴れた空に月が浮かんでる」とか。そんなことをつぶやける。そんなささいなことに気づけて、喜べる。
ときどき、下を向いて泣きたくなることもあるけれど、空を仰げるかぎりは、まだ大丈夫だなって思える。
明日の、いや、今日の朝はどんな空模様だろうか。
さすがに、こんな寒さで川に飛び込みたいなんて思わないなあ。タイトルを振り返って、そう思えるようになっただけ、私はきっと元気になれたのだろう。
あけましておめでとう。今年こそ、それぞれいい年が送れますように。
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