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金木犀と納豆と、それから私

庭の金木犀がほころびて、いいにおいをさせている。
早朝、もしくは夜になると、それは風にのって私のもとへ運ばれてくる。
わざわざ今日も香っているだろうかと確かめに行ってしまうくらいには、私は金木犀のあのやわらかくてあまい香りが好きだ。

おとといの夜のこと。
ここ一週間くらい、金木犀があちらこちらで咲いていて、どこへ行くにもふわりとその香に行き当たる。
どこそこの交差点の角に、金木犀がいっぱいあってね。
そんな話を、父にしていた。

時刻は20時過ぎ。
夕飯はまだ食べていない。
小腹がすいてしまってたまりかねた私、冷蔵庫をぱかりと開け、納豆のパックを取り出した。

行儀が悪いのはさておいて。
台所に立ち箸で納豆をぐるぐるかき混ぜながら、口では金木犀の香りの話をしている。
そのまま父のいる部屋へひょいと顔を出したら、なんともしぶい顔をした父がそこにいた。

「おまえ、納豆持ったまま金木犀のにおいの話するんか……」

「え。だめ?」

「……だめじゃないが、だめだろう」

……そうか。だめだけど、だめじゃないのか。

「じゃあいいよね」

「よくない」

そんな気の抜けた会話をした。


いちおう、私もだめな理由はわかっている。
父にしてみれば、金木犀のこころよいはずの香りの話を聴いているの真っ最中に、納豆の実際のにおいが邪魔をしたからだ。
空気を読め、とまでは言わないが、せめてにおいの話をするなら納豆のにおいは遠ざけろ、ということだろう。
嗅覚の話をされて、嗅覚に関して想起しているのに、現実の嗅覚は話の中心の金木犀ではなく、まさかの納豆。……強烈だよね。

あ、納豆はおいしく正しく私の胃袋におさまった。

振り返ってみると、父のコメントも優しい気がする。
いちおう、「だめじゃないが」と前置きしてくれているのだから。
とりあえず「だめだ」と主張したいのは理解したつもりだ。行動には伴っていないかもしれないけれど。

金木犀と納豆と、それから私。
なんてわけのわからない組み合わせだろうか。


これを書いている今日は、あいにくの雨だ。
雨戸へぱたぱたと吹きつける雨音。遠くで鳥の声が聞こえている。
まだ大丈夫だとは思うが、そこかしこにある金木犀の花が落ち切ってしまわないといいのになと、少しだけ心配している。
とはいえ、落ちてしまってもそれは自然で仕方のないことなので、ゆるく構えているつもりだけれど。

でも、そうだな。
もし落ちてしまって、それでも金木犀の香りが恋しくなったら。
今度、お線香でも買ってみようかと思っている。

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