【創作BL物語】真沙と悠一郎の話【3,400字程度】
木漏れ日が揺れる昼休み。
春の陽気にモンシロチョウが舞う。
四宮悠一郎は中庭にあるベンチで読書をしていた。
「それ、面白い?」
唐突に声をかけられ視線を文字の羅列から外すと、セミロングの女子…いや、男が目の前に立っていた。
名前を思い出せず一瞬戸惑う。
容姿はインパクトがあったから覚えている。同じクラスの奴だ。
「木戸内真沙だよ。同じクラスの。四宮悠一郎だよな?」
「なんか用?」
読書中の人間には普通話しかけるの遠慮しないか?
と悠一郎は思うが木戸内は気にもしないようだった。
隣に無遠慮に座り木戸内は本を覗き込む。
「…いや?何となく。四宮はふいんきあるからさ。声かけてみたかっただけ。」
「ふいんきじゃなくて、雰囲気な?」
「そうとも言う。」
木戸内はにまにまして言った。
いや、こいつは本に興味があるわけじゃないのか。
視線を本に戻す。
「読み終わったら俺にも貸して。」
木戸内の言葉に俺は視線を寄越さず言った。
「これ図書館の本だから、図書委員に言えよ。」
「あ、そうなの?じゃ、予約ってことで。」
俺は木戸内に言葉を返さない。
沈黙が流れる。
木戸内は当たり前のように俺の隣に居座り沈黙したまま遠くを見つめていた。
俺といて、面白いことなんか何一つ無いと言うのに。
次の日、宣言通り木戸内は昨日俺が読んでいた本を借りていた。
それからと言うもの俺と木戸内は昼休み、中庭のベンチで読書に勤しんでいった。
ある日の昼休み。
初対面の木戸内の髪から少し伸びて来たことに気付いた頃。
俺達は読書仲間兼友人になっていた。
そして俺は聞いて良いのか悪いのか分からない質問をそれとなく聞いた。
「木戸内は髪伸ばしてる理由何かあるのか?ヘアドネーションとか?」
木戸内はパチパチ目を瞬くと何ともなく言った。
「いや?俺は俺のために髪伸ばしてる。可愛いだろ?俺。」
「は?えっ…は?」
俺は今、宇宙語を聞いたかのように何も理解できなかった。
「女子も羨むうる艶髪だぜ?触るか?」
木戸内はぐいっと頭を差し出す。
俺は躊躇するが恐る恐る手をを伸ばした。
「し、失礼します。」
確かに、この触り心地は、癖になるな。
丁寧に手入れしているんだろう。自慢するだけはある。
俺は女子のように、髪を気遣い手入れしている様の木戸内を想像した。
「な?良いだろ?」
と言うと木戸内は頭をあげた。
「というか、何笑ってんだ?四宮の笑う顔初めて見たんだけど」
「いやいや、結構な触り心地で。」
俺は口元を本で隠す。何だか恥ずかしい。
「恐縮です?」
木戸内は俺の顔を覗き込む。
「さては、女の子を想像したな?悪いが俺は俺だぜ?」
木戸内はニヤリと笑う。
「いや、女の子っというか、髪の手入れしてる木戸内を想像したら面白くて。」
俺は嘘じゃない嘘をついた。言いようのない恥ずかしさを隠すために。
「面白がるなよー!」
木戸内が四宮の脇腹をくすぐる。
多分この頃だ。俺達の距離がグッと近くなったのは。
「悠一郎はさ。」
蝉が鳴き始める初夏のころ。制服は開襟シャツへ。
しかし、悠一郎は長袖のシャツのままだ。
「うん?」
悠一郎は相変わらず本の虫だ。
「半袖なんで着ないの?」
言ってから、俺は聞いちゃ不味かったか?と思案する。
しかし、悠一郎はことも何気に言った。
「肌が弱いんだよ。日焼けすると痛いんだ。正直暑い」
と笑ってみせた。
その笑顔が自嘲めいていて、俺は心が痛くなる。
「ふーん」
一つ悠一郎の弱さを知って、俺は、信頼されていると少しだけ不謹慎ながら嬉しく思ってしまった。
俺は春に木陰で本を読む悠一郎に声を掛けてからずっと、彼に恋心を抱いている。
クラスのオリエンテーションの自己紹介の時、俺は彼に一目惚れした。と共に、クラスの女子が色めき立つのが分かった。
しかし悠一郎は、そんなことにも気付いてはいないようだった。
悠一郎は周囲に関心のない人間のようだった。
女子が悠一郎を影で“寡黙の王子”と呼んでいるのを知っている。そして、女子より可愛い俺が何時も隣にいることを“王子の姫”と呼んでいることも知っている。
釣り合いがとれている二人を見ていると、誰も、悠一郎に告白出来ないでいるようだった。
俺は初めから自分の恋心を憧れに落とすつもりはなかった。だからこそ、悠一郎に積極的に声をかけた。
俺は女子とは違う。俺は俺だ。
真夏の昼休み。
事は起こった。
中庭のベンチで何時ものように二人で読書していた。
「喉乾いたな。」
悠一郎はポツリとこぼした。
「俺が買ってきてやるよ。何がいい?」
真沙はポケットからコインケースを出す。
「ブラック。悪いな。」
「後で、お代貰うからいいよ。」
真沙は木陰から出ると走って行った。
10分後、真沙がブラックコーヒーとコーラの缶を持って走って来た。
「日射し容赦ねぇのな。暑い。」
真沙の細い首筋を汗がつたう。
ブラックを悠一郎に渡す。
直ぐ様、プシッと音を立てて缶を開けると真沙がコーラを喉を鳴らして飲んでいる。
悠一郎も、ブラックコーヒーを口につける。
「苦くねーの?」
悠一郎はふふっと笑う。
「味見るか?」
コーヒー缶を差し出す。
「こっちじゃなくてこっちがいい。」
やんわりコーヒー缶を持つ手を押さえると、真沙は悠一郎に口付けた。
「ん……」
悠一郎の前歯を真沙の舌先がなぞる。
悠一郎の目は見開かれたまま、硬直している。
「苦い。よくブラック飲めるな」
真沙は事も何気にいうと悠一郎の隣にドカッと座る。
残りのコーラを飲み干した。
チラリと真沙が悠一郎を見やると彼は口を抑えて顔を真っ赤にしていた。
「すまん。初めて奪っちまったか?」
悪びれず真沙が言うと悠一郎はハッとした。
「いや、初めてじゃないけど…いやいやいや。」
悠一郎はどうやら少々パニックになっているようだった。
「嫌だったか?」
自嘲的な笑みを真沙が浮かべる。
「嫌…ではなかっ…た」
はぁ…と悠一郎はため息をつく。
「俺は、悠一郎のこと好きだよ。」
真沙は告白する。
「いつから…?俺のこと、想ってたの?」
顔を両手で覆ってるが悠一郎の耳は赤かった。
「初めから。一目惚れってやつ。」
「まじか…」
「まじです。」
真沙と悠一郎の間に沈黙が流れる。
「ゆっくりでいいから答え、考えといて。」
真沙はベンチを立つと去っていった。
次の日の昼休み。
悠一郎の隣に真沙は居なかった。
秋に入る頃、悠一郎は中庭のベンチで一人で本を読んでいた。
「四宮くんっ」
顔の知らない女子から告白を受けることが多くなった。
「これ、読んでください!」
顔を真っ赤にして、告白してくれる女子は愛らしくおもえた。
しかし、告白される度、あの、真夏の真沙のキスを思い出してしまう。
俺は、まだ、真沙に答えを出せずにいた。
「ありがとう」
ラブレターを受けとる。
真沙には恥じらいの一つもなかったな。
女子が去った後にラブレターを読む。可愛い丸文字で描かれている。俺は顔も知らない女子の精一杯の思いの丈に答えてやることが出来ない。俺は彼女のことはよく知らないから。
俺は真沙のことをどれくらい知っているのだろう。
ふと思う。
少なくとも…俺と同じ本が好きなところは知っている。
俺と、同じ?
いや、真沙は、ただずっと、俺の読み終えた本を追いかけるように読んでいただけだ。
ずっと、俺が…好きで………。
悠一郎の顔がみるみる赤くなっていく。
ずっと、俺の好きなものを知ろうとしてくれていたんだ。
どうしてだろう。それがとても、健気でいじらしくおもえた。
答えはもう出たんだ。
次の日の昼休み、
俺は他の友人と昼食に行こうとする、真沙を呼び止める
「真沙、話があるんだけど。」
中庭のベンチで二人は沈黙する。
「答え、聞かせてくれるんだろ?」
真沙が口を開く。
「真沙が隣に居なくなってから、女の子から、告白されることが何回かあったんだ。でも、俺はその度に真沙が真夏に告白してくれたこと、思い出すんだ。俺、真沙のことが好きだよ。俺と付き合って下さい。」
俺は隣の真沙の顔を覗きこんだ。
真沙は静かに泣いていた。
「…っず…俺が隣から居なくなってもお前は…相変わらず本の虫で、他の女の子から告白されまくってて、俺は、ずっと不安で…このままフェードアウトして忘れられるんじゃないかと思ってた。…ぐすっ、でも、悠一郎は悠一郎なりに考えていたんだな。ありがとう。俺も好きだよ。」
ぐしゃぐしゃの涙で真沙はにこりと微笑む。
その笑顔にくらりとした。
悠一郎はカーディガンの両袖で真沙の涙を拭いてやる。
「不安にさせてごめん。」
悠一郎は真沙に口付けた。
秋の真っ赤に染まる葉が風に舞う。