鈴を持つ者たちの音色 第三十一話 ”同調③”
ME(男)の闇:真っ暗闇の何も見えない中なのに、蜃気楼のように過去に起きた出来事が不思議と遠くに見えた。
あれ、おかしい。自分は落下しているのに、なぜにあんなものが今目の前に見えているのだろうか?
ここは夢じゃ無く現実であり、自分の歳は20歳で、まだ童貞だ。
それなのに、誰かのその”記憶”には覚えがある。
”その光景”は確か、誰かの11歳の小学5年の夏休みだ。
その出来事を探るように近くへ近くへと歩み寄るが、景色はぼやけてまだ見えない。
声がする。
聞き覚えのある声。
ああ。それは父”オキナ”の声だ。
雑踏の音。
そうだ。銀行だ。
そこでバッ!とぼやけていた景色のピントが急に合う。
瞬時にあの場所、あの時の父”オキナ”の”記憶”に引き戻される。
洗濯機の水流の様に景色がぐるりと1回転したかと思うと僕はあの時、あの場所の”時間”の一部となった。
友達:「銀行って買い物するわけじゃ無いのに何で、こんなに人の出入りがあるんだ?ちっとも順番が前に進まないじゃないか。」
オキナ:「きっとお金をおろすときには難しいキーワードがあって、それを答えないとおろせない仕組みになっているんだよ。大事な人様のお金だからね。簡単におろせない。」
友達:「自分のお金だろ?自由自在におろしたり預けたりできるからいいのであって、セキュリティガチガチにしたらせっかくの休みの日にお金を使うより引き出す方が時間を遣ってしまうじゃないか。そんなの不効率だよ。僕は納得できない。」
オキナ:「大人ってものは不効率を楽しむ生き物なのさ。それよりあそこの③番窓口の受付のお姉さん。可愛くない?」
友達:「ああ。いいね。あんな人が奥さんになったら毎日が幸せだね。例え料理が下手でも顔で許しちゃう。」
今やっているのは大人を観察する遊び。
夏は暑く外で遊ぶのもしんどい。
そんな時は社会見学と称して銀行の店内によく涼みに行った。
トイレもウォーターサーバーも新聞もテレビもある。快適だ。
僕らの1番の楽しみは、金庫が見える場所に座り「ジーコ、ジーコ」と金庫のダイヤルを回して「カパンッ」と開く、そのタイミングを見る時だった。
友達:「さっきのダイヤルの数字。1番目は”5”。2番目は”4”だよ。」
オキナ:「ほんとかよー。何でわかるんだ?」
友達:「”音”だよ。回す範囲で音が変わる。ギアの噛み合う音が時々、自転車の段数を変えた時と同じような感触の”音”がするんだ。」
オキナ:「”音”って。お前そんなに耳がいいの?」
友達:「そう。”音”は振動。空気が触れ合う”音”がするんだ。」
オキナ:「へぇー。お前すごいな。それ。特殊能力だよ。」
オキナは関心しながらも彼の言い当てたその数字が正しい事に気付いていた。
彼にもまた特殊能力があったからだ。
彼は”トオシ”の能力で遠くのものを近くで見える。そして望遠レンズのように眼球を絞り調整すれば”トオシ”で冷蔵庫の中身ぐらい冷蔵庫を開けなくても分かる。
この時の”トオシ”のレベルはそのぐらいであった。
オキナ:「数字。確認してみる?」
友達:「いいよ。たぶん合ってる。そのほかの数字もちゃんと聞こうと思えば当てられる。でもそこまでしない。余計な考えが働いてしまったら嫌だから。」
オキナ:「あー。それ!わかるー。力を悪い方向に使っちゃって、知らぬ間に悪人になっちゃうパターン。」
オキナは「(実は‥僕にもあるんだ‥)とは言いづらかった。友達と同じ”能力使いだ”と、どうしても言えなかった。
言ってしまえば”確定”してしまう。僕はまだ、隠れて生きていきたかった。
一般人のフリをして一般人と同じ生活をする方がいい。そう思っていた。
しかし、そこに”アイツラ”がやってきた。
「ウィーン。」
と銀行の入り口の自動ドアが感知式で開く。
3メートルあるデカい着ぐるみを着たような毛もじゃの動物のような人間のような者が、しばらく自動ドア前に立ち、感知式のドアは開け放たれたままだ。
銀行員や客人はその大きな者を異質な者と捉えていなかった。
映画の撮影か、または着ぐるみを着た人が、何か、人の反応を面白がって店内に入ってきたのだろう程度のように思い、あまり関心を示さなかった。しかし、
右手を挙げたかと思ったその瞬間、その3本の長い爪で人を襲い始めた。
白い爪は赤い血で赤く染められていく。
顔半分を占めるその大きな口の下顎にも2本の牙が生えている。
時に、その牙をも人に突き刺す。
あっという間に店内は地獄絵と化した。
オキナは”トオシ”で”デカい者”の身体の中を見てみる。生命体ではあるが、人では無かった。
”デカい者”は③番窓口の受付の好みな女性のいるカウンターへ血で赤く染めた口元から血を滴らせ歩み寄る。
その時、友達の姿は僕の横から消えカウンターへ飛び移ったのが一瞬で見えた。
友達が③番受付嬢に言う。
友達:「金庫だ。金庫を開けて金庫の中に逃げるんだ。そこ以外安全な場所なんて無い。このままだと皆んな殺されるぞ。番号はわかるな?」
受付嬢が「ハイ。」と言うのと同時にその可愛い眼差しは”デカい者”の3本の爪に消されてしまった。
友達:「チックショー!皆んなこっちだ急げ!」
僕も咄嗟に身体が動いた。
怖さよりも正義感が増した。
許せない。なぜこんなにも尊い命を次々と残虐に処理するのだ。
オキナは”デカい者”に突進し、”トオシ”で確認した体内の急所らしき場所を膝蹴りと肘打ちで攻撃した。しかし、大量に身体を覆っている太い毛が厚くダメージは少ない。
友達は奥の金庫へ行き手慣れた感じでダイヤルを回し素早く金庫を開けた。
友達:「さぁ、入るんだ。この中は広い。安全だ。」
銀行員の管理職らしき人を引っ張って金庫の中に押し込む。
友達:「貴方なら万が一、金庫の中に閉じ込められても開ける方法はわかっていますね?番号はわかりますか?」
銀行員:「ああ。大丈夫だ。」
友達:「それなら頼みます。ここに残る僕ら2人は番号を知っています。”デカい者”をもし、片付けられたらこちら側から金庫を開けます。もし、僕らもやられ、誰もこの金庫を開ける人がいなかったら、その時は中から開けてください。宜しく頼みます。」
銀行員:「ああ。頼むよ。」
友達は手際よく金庫を閉めた。大人の観察はしておいてよかったな。とお互い顔を見合わした。
オキナ:「‥僕ら2人は番号を知っています、‥って、君。僕の能力のこと‥」
友達:「あぁ。知ってるよ。能力はある者同士惹かれ合うんだ。僕らに能力がある理由。それはたぶん”アイツラ”みたいな者と闘うためじゃないか?そんな気がする。」
オキナ:「そうだな。こうやって”アンナノ”が本当に目の前に現れるんだものな。そうかもしれない。やっつけるか。」
友達:「おおとも。ヤツの急所分かるか?」
オキナ:「ああとも。ヤツの急所は主に3箇所。股と、両脇と、眼球だ。両脇と眼球は背が高いせいで届かない。僕は股を攻撃した方が攻撃しやすいと思う。」
友達:「ああ。そうだな。けど、やつはそのデカい図体を前屈みに折り曲げる。ゴリラみたいにな。股を狙うには後ろに回り込まないといけないぞ。あとはあの鎧のような毛だな。どうやったら、あの毛の中にダメージを与えられる?」
オキナ:「さっき蹴りあげた感じだと、やはり分厚い毛がある所は避けるべきだ。全身の中で毛が少ない場所、となると、眼球だなぁ。高い所にあるから攻撃しづらいが、狙いどころは、そこがいい。」
友達:「さすがだ。お前はいい医者になるよ。」
オキナ:「漁師の子が医者になれるかいっ!(笑う)」
オキナと友達は店内に置いてあるU字型の防御棒を手に取った。
ふたり:「よし!やるぞ!」
カウンターから飛び”デカい者”の眼球目掛けてU字棒の逆側の一本突きを食らわす。
呆気なく2人は”デカい者”の爪に弾き飛ばされた。
カウンター後ろまで飛ばされる。
友達:「痛ってぇー。そう簡単にはいかないよなぁ。」
腰をさすり立ちあがろうとした時に机下に隠れている中年男性が目についた。
友達:「何やってるんですか。ここにいたらやられますよ。何で金庫の中に入らなかったんですか?」
中年男性:「おいっ。話かけるな!見つかるじゃ無いか。俺は閉所恐怖症なんだ。狭い金庫なんて入ったら失神してしまう。」
3人は近くに寄り合う。
オキナ:「なぁ。俺にちょいとした考えがあるんだけど。」
3人:「ひそひそ‥」
中年男性:「えっ。わたし、それやるんですか?」
友達:「助かりたかったらやれ!じゃなきゃ金庫行きだぞ。」
中年男性:「(しぶしぶ。)金庫は嫌です。やります。ただ、1円ですよね。そんなにあるかなぁ。」
オキナ:「ありったけお願いします。多ければ多いほどいい。」
友達:「よし。やるぞ。ひとり増えた!心強い。頼むぞ。おっさん!」
中年男性:「へぇー。がんばりますぅ。」
一同:「せーの!」
よーい。ドン!で中年男性は1円玉を大量に集め出した。その集めるまでの時間を稼ぐのが大変だ。
友達は店内の中央辺りに500円硬貨を置いた。
この場所に”デカい者”を誘導するのだ。
オキナ・友達:「目印OK」
店内にあるパソコンのデスクトップを外し”デカい者”へぶつけて時間を稼ぐ。
”デカい者”の近くへは寄れない。
3本の爪でやられてしまう。
デカい者の周囲にはパソコンの電子機器の破片が積まれていった。
中年男性:「集めました!」
布袋に入った1円玉が10袋来た。
相当な量だ。
そしてその袋のまま”デカい者”へ投げつける。
”デカい者は予想通りその袋を3本の爪で対抗し、布袋は破れ1円玉が辺り一面へ散らばった。何回も何回も、それを繰り返す。
10袋のやりとりが終わり、再度中年男性は1円玉を集めに奥へ急いで戻った。
中年男性が”デカい者”へ1円玉を投げつけている間に、僕らは同時に店内の電話受話器やパソコンの配線を外し、または引きちぎり素早く”デカい者”に巻きつけてゆく。
”デカい者”は巻かれた線を外そうとするが指先についた3本の爪は器用には働かない。
銀行内の有りったけの配線は全て”デカい者”に巻かれていった。
何十袋の1円玉が”デカい者”へ投げつけられたのだろう?
気がつくと”デカい者”の周りは1円玉が降り積もっていた。
デカい者は足場が悪い。
最後の残り1円玉と抜き切った配線を”デカい者”へ投げつけ、巻きつける。
”デカい者”の両腕はもはや配線で固定され1円玉を跳ね返す爪も出ない。
散々に飛び散った1円玉は”デカい者の口や身体の毛の隙間一杯に入り込んでいた。
オキナ:「よし。巻きつけ完了!」
中年男性:「一円玉完了!」
友達:「決めるぜ!」
友達は天井に吊されたディスプレイを壊し落として、残された吊り下げ棒を抜き取り”カウンターから飛び跳ね、デカい者”の眼球へとその棒を突き刺した。
吊り下げ棒には電気配線がそのまま付いてある。
大量の一円玉まみれになった身体とぐるりと巻かれた配線。
”デカい者”はスパークして燃え上がった。
友達:「よし!やったぞ!」
感触はあった。
僕らの勝ちだとその時、確実に思った。しかし、
”デカい者”は瞬時に友達の腹に下顎の突出した刃を突き刺していた。。
”アイツラ”にはテレポートの能力があるらしい。
”デカい者”と”友達”は両者燃え上がりながら瞬時にどこかへ消えてしまった。
オキナと中年男性は呆然とその場へ立ち尽くした。
店内の状況は現実を物語っている。
しかし、これだけ血だらけの店内を見渡しても夢にしか思えなかった。そう。僕の”友達”がいなくなってしまったのだから。。