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鈴を持つ者たちの音色 第五十九話 ”準備”
キックス②は力余るパワーを活かし一旦沈んだ艦船を片手で引っ張りあげ、そのままグランドラインまで持ってきた。
何百トンもある艦船だ。皆その光景を唖然として見守る。
まるでクラッチバッグのような扱いだ。
ここで修理をしておけばまた使える。メカニックの真髄だ。
皆がキックス兄弟を出迎えた。
総裁ブルー:「良かった。とりあえず一砦は完璧なる勝利だ」
そして皆、ミューマンがアタッチメント変身したその、荒々しいビジュアルに驚く。
一同は笑いが止まらない。
WO(女):「おいっ。何でそんなに毛深いんだ?もっとかっこよく変身できないもんなの?」
わかってからかってくる。挨拶みたいなもんさ。
キックス②:「ばかやろう。強さは外見ではないんだ!」
一同笑をこらえる。
キックス①は巡回員グリーンをアタッチメントから解除し、”吐き出す”
巡回員グリーンは皆が集まる中、逃げ場がない。しかたなく答える。
巡回員グリーン:「皆さん。ご無沙汰です。ご迷惑をおかけしました」
総裁ブルー:「ったく。ほんとだよ。それより無事で何よりだ。もう勝手に消えんなよ」
大叔母:「お前も中々だねえ。勇気がある。お前のような若者が地上でいうと”はじめて海を渡った若者”と本来は呼ばれるんだろうな。けれども単独より皆んなと協力した方がもっと確実性があったはず。あなたは人を頼ることをこれから学びなさい。ほらっ。こうやって助かっただろ?(キックス①の肩をポンと叩く)
これは他人が貴方のためにしたことよ。
結果あなたは”ひとり”じゃあ助からなかった」
巡回員グリーン:「はい。反省します。改めてキックスさん皆さんありがとうございました」
大体の人はミューマンからの映像で経過を見ていたから話が早い。人体に取り付けられたドライブレコーダーの映像だ。
GA(我):「ひとつ興味があります。アタッチメントは上手くいきましたが、その後大獣を吐き出す時は一体どうなるのですか?」
キックス②:「そこなんですよー。どこか無いですか?オリみたいな安全な場所?」
総裁ブルー:「うーむ。ひとつある。とっておきの部屋だ。そこに監禁するとしよう」
本部の地下に降りる。
以前WO(女)と叔母で”洗脳オロシ”をした部屋の前を通る。通路の途中に壁と同色の隠し扉があった。
その扉を開け何段も急な階段を下がっていくと、檻部屋があった。かなり広く高い。野球スタジアムか?と思えるぐらいの部屋だ。
キックス①:「こんな部屋があったんだ」
巡回員グリーン:「知らなかった」
キックス②:「アタッチメントについてだが、取り込み時の問題は指して問題無いが、切り離し(”吐き出し”)時には問題があるな。
下手すりゃ”吐き出した”時に襲われる可能性だってある。こりゃ考えなきゃならない」
キックス①:「元々、外敵を取り込む想定は無かったからね。取り込んだ者に襲われるなんて考えもしなかった。そうだ。兄ィの言う通り、何かあった場合に備えておかないといけないね」
ー ー ー〈その頃 ガイムの卵〉ー ー ー
大男ガイム:「何だ?卵の中で、光が強くなったり弱くなったりしている。この現象は何だ?」
(慌ててBOO(武)を探す)
BOO(武):「こっちの方も同じだわ。まるで何かに共鳴しているようにも見える」
大男ガイム:「共鳴?ったって、何に共鳴している?」
BOO(武):「うむ?そうよねぇ‥。戦争が近い?とか、アイツラが何か起こそうとしている?とか?」
大男ガイム:「うーむ‥(鈍く光る卵を見て、ふたりは顔を見合わした)」
誰?
キックス①達が外廊を通ると、話し声が聞こえた。
ガイムとBOO(武)は急いで光る卵を毛布で隠した。
キックス①:「ねえ。アタッチメントされている間はどんな感じだった?」
巡回員グリーン:「うーん。例えるなら、どこか別の国で迷いながら街を彷徨いているかんじかなぁ」
キックス①:「やはりそうか。実際こちらは”取り込んでいる”のに、取り込まれた方は”取り込まれている”とは認識してない。ってこと。うーむ‥まだぁ、まだだ、なぁ。
それじゃぁ”取り込んだ”者と完全体!にはなっていない。お互い一心同体になってる”意識”がないとアタッチメントも半力になる。これは課題だ。
となると、キックス②の方のアタッチメント‥ありゃあ、ヤバいな。あ、れ、で、半力となると。全力をだせたら相当な力だ。あー。興奮してきたぁ。ミューマン一体で”アイツラ”と戦えるぞ」
ー ー ー〈本部の地下 巨大檻〉ー ー ー
じゃあ後は宜しく。と案内してくれた総裁ブルーは帰っていった。
キックス②:「よし。”吐き出し”の段取りをしよう。今、身体の中で感じる。ヤツは怒っているよ。ここから出たら覚えておけ!と言っている。おそらく出した瞬間に襲ってくる。この檻には僕だけが入るよ」
キックス①:「兄ィ。それはダメだ。もし何かあったらあの大獣にひとりでは挑めないだろう。俺らはふたりで一つ。
俺も一緒に入るよ」
巡回員グリーン:(歩きながら檻の鉄棒一本一本を確認する)
巡回員グリーン:「この鉄棒の素材は?何でできていると思う?」
キックス①:「レジンじゃないか?」
巡回員グリーン:「レジンかぁ。それなら、うーん。これはハードタイプだね?いざとなれば切れない。削らなければ開けられない。この太さだとザッと一本30分はかかる」
キックス②:「何を言いたい?」
巡回員グリーン:「最悪な想定をしている。もし、ヤツと対峙したまま”閉じ込められたら?”と」
キックス①:「閉じ込められたらどちらか死ぬまで戦わなきゃならなくなる。逃げ場のない檻」
キックス②:「うん。よし。わかった。僕に考えがある」
キックス②は檻の真上に登った。兄弟で真上に登り、キックス②の身体分だけ入るように鉄棒を数本削り切る。やはり半時間がかかった。
キックス②:「僕がこの檻の真上からアタッチメントを解除し、大獣を”吐き出す”。
ヤツは”吐き出した”拍子に、この高さから真下に落ちていく。さすがに空を飛べるわけじゃない。僕には手を出せないはずだ」
キックス①:「ナイスアイディア!落とし穴の逆だね。”落とし入れ”とも呼べようか?」
巡回員グリーンは頷きはしなかった。あれだけの強さを持った大獣だ。そんな単純にいくとは思えない。心配だ。キックス兄弟の側でその工程を見守る。
キックス②:「よし。やるぞ。開放する」
キックス①:「ラジャー。いつでもどうぞ」
大獣の”吐き出し”は一瞬なはず、だった‥。
ミューマンのバックパックの様なリュックからノズルを外して、消化器で火の元を消す様にノズルを”出す”方向に向ける。
はじまった‥
小さいノズルから、あの巨大な”モノ”がずぼんっ!と出る。
にょにょにょ‥
巡回員グリーン。これはマズいぞ。。
キックス①:「ん?兄ィ、おかしいな。デカイから? にょにょにょ‥とは何だ!?」
キックス②:「ああ。何か詰まってる感じた。抵抗感がある。何故かパッとは出ないぞ、」
最後の部分はニョロリ、と出る。
そしてようやく大獣が落ちてゆく‥、と思ったその時!
巡回員グリーン:「やばい!”吐き出し”に、時間がかかった。気をつけろ!」
吐き出された大獣は放出された空間を認識してしまった。
落ちながら状況を読みとった。
キックス①:「逃げっ‥」
大獣は落下しながらも、キックス②とキックス①と、そしてふたりの側にいた巡回員グリーンをも長い尻尾で捕縛した。3人が穴を開けた間口から檻の中に引きづられていく。抵抗したが無駄だった。大獣と一緒に檻の真下へ落下していく。
キックス②:「大丈夫だ。縛られているが、3人の力を合わせれば」
3人は「おう」と言い、落下しながらも大獣の尻尾を力のタイミングを合わせ遠心力で振りはじめる。落ちる空気抵抗を利用し、投射角度を設定する。
”物体の飛距離は初速度の2乗に比例する”
更に落下速度と遠心力が加わる。あとは尻尾からずり抜けられたら3人の勝ち。だ。
キックス②:「もっと!もっとだ!振れ!」
ぬるりと尻尾がずり抜けた。
大獣は投射された。
投射速度は初速度の2乗✖︎落下速度✖︎遠心力だ。
「ズッ、ドーン!!」
大獣は地面に叩きつけられる。鋼鉄な床にも大獣が片取られる。
秒間を置いて3人がその大獣の上に拳を突き上げる。
「イヤッホー!!うりゃあー!!くらえ!!」
3人の言葉は別々の言葉で叫ぶ。
「ズドン!」
と、2度目の衝撃に大獣の身体が跳ねあがる。
3人は巨大な大獣の身体から冷たい床に降りる。改めて巨大な大獣を見上げる。それにしてもデカい。
キックス①:「ほんとに気が抜けないヤツだなー」
巡回員グリーン:「今にも起き出しそうです」
キックス②:「‥‥」
キックス②はこの後、大獣が起き出したらどう戦うかをイメージしていた。それはどう考えても不利な戦いだった。
・檻の中
・真上の開けた間口まで行くには檻を登る必要がある。時間がかかると言うことはその間に襲われると言うこと
その時だ。キックス②がイメージした通りか?
大獣が微妙に動くのを見た気がした。
ー ー ー〈その頃 ガイムの卵〉ー ー ー
「ズッ、ドーン!!」
グラグラと本部内が揺れる。
「何があった?」
その音に驚きBOO(武)とガイムは響いた音の方に向かおうとした。その時、
グアン、グアンと卵が転がっていくのが見えた。
長方形楕円なのに縦回転で転がっていく。
グアン、グアン、と部屋から開いた扉の外へ転がり出ていく。時折り光を伴う。卵の内側から発せられる光だ。
BOO(武):「たまごが‥」
大男ガイム:「歩いている?‥」
ガイムとBOO(武)は顔を見合わして、信じられなかったが、少し間を置いて頭を納得させる。
これは何かに”導かれている”と確信した。
止めない。
どこへ向かうのか追ってみる。
卵はひと回転する度に、ボヤンと内側から光る。鈍い光を伴いながら転がっていく。
何回もそれを見ていると”そんな”生き物のように見えてきた。
上手に曲がり角を曲がるグアン、グアン。
壁と同色の隠し扉がバン!と開く。
大男ガイム:「どうやって開けた?」
不思議でならなかった。
BOO:「みて?階段も転がって降りていくわ」
大男ガイム:「ほんとだ。あんな急な階段なのに。いったいどこに行くというのだ?」
BOO(武):「水場に行くのかしら?孵化する時は水の中に浸かる?とか」
大男ガイム:「うーむ。わからないが不思議だ。卵が意思を持っているようだ」
BOO(武)と大男ガイムは転がる卵を追って、地下の高く広い無機質な部屋へと出た。
BOO(武)”「何?ここ。、随分とデカい箱だねぇ」
大男ガイム:「ああ。うん?見ろあそこ。デカい化け物が横たわっている」
2人が檻部屋へ降り立ったその時、
ギロ!
大きな大獣の片目が、急に見開き3人を睨みつける。
キックス①:「うわぁっ、兄ィ!ヤツの目があいたぞ!」
巡会員グリーン:「うわぁ。逃げろ!あれ?おかしい!動けない」
キックス②:「くそっ、ヤツの目力だ!ヤツの眼力が俺らの動きを止めている」
巡回員グリーン:「やばいな。安心し切っていた。どーする?」
その時‥
グアン、グアン、グアン、グアン‥
キックス①:「何の音だ?」
巡回員グリーン:「首が回らない。音は後ろだ。見えない」
キックス②:「‥‥」
BOO(武)と大男ガイムは首を傾げる。
大男ガイム:「いったい何がおきてる?」
BOO(武):「あのふたりは誰?」
大男ガイムとBOO(武)は卵の番をしていた。キックスがミューマンに変わったことさえ知らないのだ。
大男ガイム:「あっ、あれは?」
BOO(武):「あっ、グリーン!おーい!グリーン、何してる?」
巡回員グリーン:「(あの声は!‥しかし、身体が動かない。声の方に振り向けない)」
BOO(武):何で振り向かないの?」
大男ガイム:「わからない。何か違和感がある。もう少し近づいてみよう」
動かない3人に近づこうとして、ふと卵の行方を見てみる。
大男ガイム:「おいっ。あれを見ろ!」
BOO(武):「ゲッ。まじ?」
見ると、卵が檻の真上の入り口目指して檻の鉄格子を登っている。登っている?いや、表現は間違っていない。登っている。ここまでとそれは同じように駈けるように”登っている”
BOO(武):「ありゃ。ただものじゃあないね」
大男ガイム:「ああ。ありゃ”たまご”だぜ?あり得ないっ、ショ」
BOO(でも、どうして‥ねぇ‥」
ガイム:「ああ。君が言おうとしていることわかる‥こっちもこっちで‥マジかよ」
そしてようやくふたりは気づいた。大獣の存在を。。
BOO(武):でっか。あのクラスはウチら以上よ!」
ガイム:「ああ。あまりにデカくて気づかなかった。ありゃ”大獣”ビガーだ」
檻の中で横たわるビガー。そしてなぜか檻の中へ必死で入ろうとする2個のたまご。
身動きがとれない3人。
大叔母は何もかもを予測していた。こういう状況も。大叔母は別室で次に備える準備をしていた。
‥【次回へ続く】