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「全中民間開放」の問題点

 朝、自分の仕事にも関わるびっくりするニュースが飛び込んできた。

 

 日本中学校体育連盟(中体連)は2023年度から全国中学校体育大会(全中)について、学校単位だけでなく、民間のクラブや団体としても出場できるよう、参加要件を緩和する方針を決めた。4日の理事会で承認され、9日に各都道府県に通知された。スポーツ庁が少子化や教員の負担軽減への対策から、部活動を総合型スポーツクラブなどへ移行すべく議論している中で、中体連は要件の緩和を求められていた。
 全中は現在、中体連に加盟する学校単位での参加を原則としており、出場選手は部活に所属していることが前提になる。だが、少子化が進むなか、野球やサッカーなどの団体競技を中心に、一つの学校では大会出場に十分な人数が集まらず、複数校で合同チームを組むケースが増えている。
 中体連によると、今回の変更で、サッカーJリーグなどプロクラブの下部組織や町クラブが、全中に出場できるようになる。部活とクラブの二重登録の取り扱い、試合の公平性を維持するための具体的な要件などは6月までに提示する予定だ。都道府県や市町村によっては、試験的に来秋の新人戦から、部活以外のチームが参加する可能性があるという。
 担当者は「時代の流れのなかで門戸を開く必要があるとの認識で一致した。実際にどれほどのクラブが出場を希望するかふたをあけてみないと分からないが、準備を進めていきたい」と話した。

朝日新聞デジタル「全中、部活以外のチームも参加可能に プロユースや民間クラブに門戸
https://www.asahi.com/articles/ASQ39677KQ39UTQP014.html?iref=pc_ss_date_articleより引用


 総合型地域スポーツクラブを運営する身としては、中学校部活動の諸問題を考える上で一つ前に進んだ感がある。
 その一方で、これから「全中の民間開放」が実行された場合、今以上に様々な問題点が噴出することが予想される。

  一つには、スポーツをする子どもとしない子どもの二極化である。

 
 全国には約200万人の中学生が中体連の部活動に参加していて、その割合は全中学生の6割にあたる。(令和元年度)

 特に地方の運動部加入率が高く、2017年の全国学力・学習調査によると、我が岩手県は、81.5%という全国No.1の運動部加入率となっている。

 こういった地域における部活動に対し、岩手の学校の先生方は、「スポーツの勝ち負けのみならず運動の機会を与える」とか「子どもの社会性を育てる」とか、はたまた「放課後部活動にいそしむことによって問題行動を未然に防ぐ(非行を防止する)」などという摩訶不思議な効能を吹聴し、「強制的に部活動に参加する」運動を進めてきた。

 最近は、やっと部活動も任意加入となったが、それでも「部活動=義務」という感覚が住民の中にはある。

 自分も強制される部活動に関しては否定的なスタンスをとってきた。

 人数の少ない中学校によっては部活動の種目も限られ、自分のやりたい部活動がなく、渋々希望しない部活に入らなければならない・・・そんな生徒をたくさん見てきた。
 小学校まで、地域のスポーツ少年団で「バレーボール」をしてきた男子生徒が中学校に上がる際、自分の学区の中学校に「バレーボール部」がないため、隣の「バレーボール部」のある中学校に越境して入学する・・・そんなことは日常的に行われている。

 運動部のある学校への越境入学は原則禁じられているが、親戚の家などにいったん住民票を移すなどして、自分のやりたいスポーツを継続する。
 こういういびつな状況を市の教育委員会では把握していながらも対処できない・・・そういう現状を打破するためにも総合型地域スポーツクラブがスポーツを継続したい子どもの受け皿となるよう活動してきた。


 しかし、最近になって学校の先生方が唱える「部活動の効能」も確かにある、と思えるようになってきた。
 
 運動が得意でない子にとっては、「強制的に加入した運動部」は運動をいやでもやらなければならない場である。その子は確かに大変だろうが、民間の強豪スポーツクラブのように運動ができないからといって放置されることもなく、顧問の先生がちゃんと部活動を見ているような環境であれば、運動が苦手な子も体力向上につながる。

 そして、「運動の得意な子と苦手な子が一緒に同じスポーツをすることによって、お互いの個性を大切にし仲間を尊重しあう」という社会性の獲得には、ある程度の論拠もあるように思う。

 
 もし仮に「全中の民間開放」が実現したらどうなるか。

 おそらく今以上に、うまくなりたい生徒は民間のスポーツクラブへ進むだろう。そして、運動が苦手な子は運動する場を失い今以上に体力低下が進むであろう。

 実はこの二極化の状況は、昨今の「感染症騒動」においてより進んだと感じている。

 身近な例を挙げる。

 岩手県は「マンボウ」の区域ではないが、独自の緊急事態宣言により中学生の部活動、小学生のスポーツ少年団活動に規制がかけられている。
 また、我が町では小中学校に感染が拡大していることから、1月下旬より中学生の部活動、小学生のスポーツ少年団活動は禁止されている。

 一方で、民間のスポーツクラブやスクール、大人のスポーツ活動は禁止されていないので、スポーツクラブに通う生徒は通常通り練習をしているし、うまくなりたい子は大人のスポーツサークルに交じって練習をしている。   
 学校から禁止されている部活動やスポーツ少年団活動のみ参加している生徒や児童は、ここ1か月半運動を全くしていない状況にある。

 
 「全中の民間開放」もまさにこの問題に直面するであろう。

 強制まではいかなくても、例えば総合型地域スポーツクラブに、放課後の部活動に変わる機能を付与するなどしていかないと、今の中学生が運動を全くしないまま大人になり、将来、成人病の患者であふれる、どこかの国のようになる未来の危険性も孕んでいる。


 もう一つは、全中を最高大会と位置付ける競技とそうでない競技の違いである。


 実は、サッカーという競技に関しては、この記事にあるような「サッカーJリーグの下部組織や町クラブが全中に出場できるようになる」心配はないのではないか、と思っている。

 というのも、JFA(日本サッカー協会)では、一般や高校生、中学生、小学生以下というカテゴリーごとに、実力に応じてクラス分けされたリーグ戦が行われていて、中学生のカテゴリーではすでに中学校(部活)もサッカーJリーグの下部組織も町クラブも一緒に戦っている。
 
 また、U-15(中学生以下)の全国No.1を決める高円宮杯全日本U-15サッカー大会には、こちらもサッカーJリーグの下部組織や町クラブ、中学校(部活)も参加しているため、「全中」にこだわる必要がない。
(ちなみに、全中の7大会連続決勝進出チームである青森山田中は、今年度の高円宮杯1回戦敗退という結果に終わっている)

 

    一方で、運動部加入率ベスト5に入る人気種目であるソフトテニスは、競技している中学生は中体連に所属していることが求められており、各種大会においても「中体連」の承認がないと出場できない。そして目指すべき最高峰の大会は「全中」である。

 これは、「ソフトテニス」という競技が「学校体育」とともに普及していったこと、そして生涯を通じて楽しめる「生涯スポーツ」の性格を持っていることが関係している。

 ソフトテニスという競技を「民間開放」したとしても、参入してくるのは少ないのではないだろうか。


 また、チームスポーツと個人競技の違いもある。



 ソフトテニスをはじめ、卓球、バドミントンなどの個人競技はシングルス、ダブルスが基本であり、所属がどこであろうと個人で大会出場が可能であり、練習も少人数でできる。
 これは柔道、剣道、水泳、体操なども同じであるが、極論すれば部員数が1人でも存続可能である。
 もしそうであれば、「全中」は団体戦をなくして個人戦だけにするという方法もある。

 ソフトテニスとは違って、卓球、バドミントン、水泳、体操はクラブが多く、柔道、剣道も道場があるので、全中を「民間開放」した場合、クラブチームや道場だらけの大会になる可能性はある。
 そうであれば、「全中」に変わる中学生最高峰の大会をそれぞれの競技でつくるほうがいいのかもしれない。 


 このほか、軟式野球と硬式野球(シニア)の問題や、スケートボード、ダンス、クライミングなどの近年人気のある「部活にはないスポーツ」の位置づけ、スキー、スノーボード、スケートなどの冬季競技の在り方など、「全中という部活スポーツ」を超えた中学生のスポーツの問題を真剣に考えていかなければならない。

 

 中学校の部活動を解体し、一気に地域スポーツへというのは無理がある。

 その前に「運動が苦手な中学生」へのスポーツ環境整備や、経済的な理由や保護者の問題によるスポーツ格差の解消、地域の指導者の育成とスポーツ指導というサービスに対する適正な対価の支払いなど、解決していかなければならない課題が山積している。

 それでも「全中の民間開放」は、その一歩となりうる。

 今後の動向を注視したい。


 

 

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