「103万円の壁」と地方財政
「103万円の壁」とは?
最近、ニュースなどで「103万円の壁」という言葉を耳にすることが増えました。
この言葉は、パートタイムやアルバイトで働く人たちの収入が年間103万円を超えると、所得税や住民税がかかり始める仕組みを指しています。
103万円というのは、基礎控除(48万円)、給与所得控除(55万円)を合わせた控除額で、この境界を超えると、場合によっては「働いても手取りが増えない」という問題が起きるため、働く人たちにとっての一つのハードルとなっています。
国民民主党は、この103万円の控除額を178万円まで引き上げる「103万円の壁の見直し」を提案しています。
この政策が実現すると、多くの働き手、特に若年層やパート労働者の可処分所得が増え、家計が助かることが期待されています。しかし、この改革が地方自治体の財政に及ぼす影響については、慎重に議論する必要があります。
知事など地方自治体首長の反発
今回の「103万円の壁の見直し」は、住民税の減収を招く可能性が大きく、地方自治体の財政運営に影響を及ぼすという見方から、全国知事会の会長である村井宮城県知事をはじめ、鳥取県の平井知事など多くの地方自治体の首長から反発があります。
控除額が178万円に引き上げられることで、多くの市民が住民税を支払う対象外となる可能性があります。
これは、地方自治体にとって貴重な財源の一つである住民税の減収につながり、結果として以下のような影響が考えられます。
福祉サービスの縮小
地方自治体では、高齢者福祉や子育て支援など市民に直結する住民サービスを提供しています。しかし、住民税収が減少すると、これらのサービスを維持する財源が不足し、必要な支援を縮小せざるを得ない可能性があります。
地域経済への影響
公共事業への投資が減れば、地方自治体の事業者や中小企業にも影響が及びます。特に、地域に根差した産業が停滞すれば、地域の経済活性化にもブレーキがかかる懸念があります。
本当に地方自治体の財政に影響があるのか?
私は、これらの報道を見ながら、多少疑問を感じています。
というのも、地方自治体の収入は、住民税などの自主財源だけではなく、地方自治体間の格差を是正する効果を持つ「地方交付税」という制度があるからです。
詳しい計算式等は省略しますが、地方交付税は、各地方公共団体が合理的かつ妥当な水準における行政を行い、又は施設を維持するための財政需要を一定の方法によって算定した額(基準財政需要額)から、標準的な状態において徴収が見込まれる税収入を一定の方法によって算定した額(基準財政収入額)を引いた額(財源不足額)となり、税収などの収入が少ない団体には多くの地方交付税が交付される仕組みとなっています。
地方交付税:「基準財政需要額」-「基準財政収入額」=財源不足額
ざっくりした例で言うと、基準財政需要額が100億円で、基準財政収入額が50億円だった地方自治体には50億円の地方交付税が交付されますが(A市の例)、基準財政需要額が100億円で、住民税など税収が多く基準財政収入額が150億円だった地方自治体(B市の例)には地方交付税は交付されません
(A市)
基準財政需要額100億円-基準財政収入額50億円=地方交付税50億円
(B市)
基準財政需要額100億円-基準財政収入額150億円=地方交付税なし
(地方交付税の代わりに「臨時財政対策債」という地方債で地方が借金して、後年国が地方交付税で充当することもありますが、難しくなるのでここでは省略します)
花巻市(令和4年決算)の例で言うと、
(花巻市)
基準財政需要額251億円-基準財政収入額117億円=地方交付税134億円
という計算になり、花巻市は134億円の地方交付税(普通交付税)を交付されているということになります。
ここで、「103万円の壁の見直し」により、住民税が仮に減収し基準財政収入額が下がったとしても、理論上は地方交付税で国が負担することが原則となります。
(留保財源等の細かい計算式があるので、減収した分すべてが地方交付税で賄えるわけではありません)
こういうことから、「103万円の壁の見直し」=「住民サービスの低下」ということにはならないはずで、知事をはじめとする全国の地方自治体の首長はこのことをよくわかっているはずなのに、どうしてそういう発言になるのか首をかしげざるを得ません。
ただし、この地方交付税の原資は所得税や法人税などであるため、控除額引き上げによってこれらの税収が減れば、地方交付税そのものも減少するリスクがあるので、「地方交付税があるから大丈夫!」とは一概には言えないかもしれません。
いずれにしろ、「103万円の壁の見直し」にかかる財源は、国が責任をもって担保すべきと思います。
地方財政の在り方を考えるきっかけに
今回の「103万円の壁の見直し」は、多くの働き手に恩恵をもたらす一方で、地方自治体にとっては財政運営の課題を突きつける政策です。
ただ、今回この問題が議論されることによって、多くの国民が「日本の税制の在り方」に関心をもったことは大きな前進であり、さらに「地方財政の在り方」についても議論が深まることはよい傾向だと思います。
私も、12月定例会一般質問においてこの問題を取り上げ、「103万円の壁」が地方財政に与える影響について議論していきたいと考えています。