無料小説 青いボンボン帽子 第二話

 ふと思う。

 何故、校内で青いボンボン帽子を被っているのだろうかと。外へ出れば白銀の雪がふわりふわりと舞い落ち、触れてしまえば儚く消えてしまう季節だ。寒いからといえばそれまでだ。

 しかし、彼は言った。

 この帽子のせいで、と。

 それに疑問を抱き、尋ねようにもその場から去ってしまったために聞けなかった夕鈴。勿論、気にしなければよいことなのだが。

(でも、気になる)

 厚手のコートのポケットに手を突っ込みながらただただそのことばかりを考えていた夕鈴は長い廊下をゆっくりと歩いていた。寒い時季だからと、黒ニーソを穿いてきたもののやはりひんやりと冷気を感じる。

(うぅ、一人だとなんだか心細いせいで余計に寒く感じるなぁ。紫苑は未だに説教中だろうし)

 などと自分の気持ちを脳内で語りながら歩を進めていると、何やら騒がしい声が聞こえてきた。

「ん?」

 俯いていた顔をあげたが人の姿はなかった。が、罵声のような大声が付近から漏れ出ていた。

「さっさと吐きやがれ!」

 明らかにただ事ではない雰囲気を醸し出していた。声が漏れている場所はトイレ。それも男子の方の。

(まさか、いじめ?)

 先程の青いボンボン帽子の姿が脳裏に浮かぶ。傷だらけで痛々しいあの姿。想像するだけで胸が痛む。

 しかし場所は男子トイレ。普通ならば躊躇し、見て見ぬふりをしてしまうか教師を呼び出すかのどちらかであろう。

(助けなきゃ!)

 だがこの時ばかりは、その躊躇いも感じられずにただもうあれ以上に醜い姿になってしまうのは相手が可哀想だと思ってしまったが故に、足が勝手に動いていた。

「何してるの!」

 飛び出してみてみれば、不良らしからぬ悪面をした人物が四人。そしてその場に座り込むように、自己防衛しようとしている一人の青年。そしてその青年の特徴を視認した時、沸々の胸から湧いてくる怒り。

 四人は驚愕していた。というのも当然だろう。男子トイレに女子が入るなんざ通常ではありえないからである。

「貴方は――!」

 青年は思わず言葉を漏らす。 

「それ以上、その人を傷つけるのなら、私が許さない」

 しかし、その威勢に対していじめっ子らは不敵にも笑みを零す。

「ここ、男子トイレですよぉ? つーか、見られたくねぇもん見られちまったから――」

 不良らは夕鈴に接近し、不気味な笑みを浮かべながら両手で肩を掴んだ。その瞬間、一気に背筋が凍るような感覚に襲われ怖気づいてしまった。この男どもがこれから彼女に対して下す罰が想像ではあるが脳裏に浮かんでしまったのだ。

「孕めぇ」

 夕鈴は涙目になりながら、硬直する。

(誰か、助けて――!)

 ギュッと祈るとともに目を瞑る。

「おい、お前ら何してるんだ!」

 突如、怒りの声が隣から聞こえた。夕鈴は何事かと思い、恐怖に支配されたままゆっくりと瞼を開ける。

「おい、逃げるぞ!」

 不良らは何か焦った様子でその場から退散しようとしていた。

「お前らの顔は覚えたからな!」

 怒鳴り散らす、おっさんのような声音がまだ隣から聞こえる。追いかけようとはしていない。

「大丈夫か、二人とも」

 声を掛けられ、ようやく誰なのかを視認した。

「先生……」

 歴史科の教師であった。教師が来たことによって夕鈴は安心し、その場に崩れるように座り込んでしまった。

「お、おい大丈夫か⁈ カトリも。酷い有様だ、二人ともすぐに保健室に行きなさい。歩けるか?」

 と、教師はカトリという名前の青いボンボン帽子を被った生徒に声をかけた。彼の容姿は変わってしまい、青あざや内出血によって痛々しい姿となっていた。だが、幸いにも歩けないわけではないということに夕鈴は安堵の息を漏らす。

「夕鈴も立てるか?」

「あ、はい、大丈夫です……ご心配おかけしてすみません」

 夕鈴は壁を使いながら立ち上がり、彼と教師と彼女で保健室へと向かった。


「はい、処置は終わりましたよ」

 保健室の教師はカトリの応急処置に専念していた。夕鈴は怪我はないという事だけを伝えたためでもある。因みにだが、歴史科の教師は保健室の担当に頼み、そのまま去ってしまった。

「あくまで応急処置だから、あまり無理はしないようにね。ところで、君たちは友達?」

 保健室の教師は尋ねる。

「いえ、彼が虐められているところを私が止めに行っただけの赤の他人ですよ」

 夕鈴の答えに、カトリも同意するようにこくりと一回頷いた。

「なるほど。それじゃあ、私はちょっと野暮用があるから離席するけれど、しっかり帰宅するようにね。それじゃ、お大事に」

 やることを済ませたのか、教師はさっさと保健室を出て行った。

「怪我は大丈夫?」

 夕鈴が身体の調子を伺う。その痛々しいのを見ていると目を背けたくなる気持ちにもなるが何よりも心配だからである。

「あ、う、うん。大丈夫だよ」 

 彼は乾いた笑みを向けた。だが、そこで話題が切れてしまい沈黙が訪れる。

 カチッ、カチッ、カチッ……。

 秒針音だけが響き渡る。一秒一秒刻まれる時間は、短いようで長く感じた。

(ど、どうしよう……)

 何か考えていたのだが、それは先程のトイレで感じた恐怖のせいで吹っ飛んでしまっていた。

「どうして、僕を助けた?」

 不意に耳に届いた言葉。彼女自身、どうしてと問われても何か本能のようなものに動かされていた感覚だった。

「んー、どうして、って言われても……助けなきゃって、本能的に思ったから? かな」

 もしかしたら、虐められているのではないかという勝手ながらの想像ではあったが、どこか胸に針が刺されるかのようなチクリとした感覚があった。

「本能的に?」

「なんか、はっきりとは答えにくいけど、誰かが傷ついているところを見たくなかったから? とは少し違う気もするけれどそんな感じ」

 夕鈴は自分のその時の気持ちを素直に述べた。

「そ、そうか。決して僕を利用しようという訳じゃないんだね。よかったぁ」

 彼の表情が明らかに和らいだ。その表情が少し印象的ではあったが、疑問に思う。

「利用しようって、どういうこと?」

 首を傾げながら、疑問符を浮かべる。

「……さっきの不良たちは、僕を利用して大図書館の地下室へと行こうと考えていたらしいんだ。都市伝説でも聞いたことがあると思うんだけど地下室へ行った者は生還することはできずに行方不明になる。その話題があって、嫌われ者である僕を標的に一緒に行こうっていう話をされた時に、辞めた方が良いと反論したんだけど」

「その結果、トイレで虐められてしまった、と。でも、本当に地下室ってあるの?」

 半信半疑で尋ねてみると、彼は自信満々に頷いた。

「あるよ。だけど地下室に繋がる扉を見ただけで、先には入っていないよ。入ったら最後、神隠しに遭うなんて言われているから怖くて入れるものじゃない」

 と言った。それでも信用は出来なかったが彼の瞳からは嘘を感じられなかった。

「地下室があるなら、神隠しがあってもおかしくないよね」

 純粋に思ったことを言葉にしたが、ただ彼は少し元気をなくしていたようにも見えた。俯き、視線を落としていたからだ。

「夕鈴!」

 ガラッと保健室の扉が勢いよく開き、二人ともその音にびくりと驚いた。

「びっくりさせないでよー」

 紫苑であることを確認し、安堵の声を漏らした夕鈴は微笑した。

「あんた、不良に絡まれたって聞いたよ。大丈夫?」

「心配しなくても、私は怪我なんてしてないよ」

 その言葉を聞いて、紫苑も安堵する。

「そうか。ところで、そっちの帽子の方は? 酷い怪我をしているみたいだけど」

「彼は不良の虐めの被害者で、名前は――」

 そう言った時に思い出した。

「そういえば、聞いてなかったね。名前は、なんていうの?」

 彼は一瞬の戸惑いがあったものの、ゆっくりと口を開いた。

「神取優樹(かとり ゆうき)」

 淡々と名前だけ答えて、終わった。

「神取くんっていうのか。私は紫苑、白崎紫苑だ」

「私は清盛夕鈴だよ。よろしくね!」

「私からも、よろしく」

  二人とも彼に対して微笑しながら、挨拶をした。

「よ、よろしく……」

 この手の挨拶に慣れていないのか、彼は顔を背けながら発した。

「それじゃあ、帰りますか!」

 元気にそう言った夕鈴は紫苑と共に教室を出ようとして、足を止めた。

「優樹くんは帰らないの?」

「えっ――」

 彼の反応は、意外にも驚いていた。そして目を泳がせていた。

(――帰りたい。だけど、君たちは僕の敵。いや、皆僕を嫌うんだ。これははめるための罠)

 俯いた優樹の姿に紫苑と夕鈴は一度互いに顔を見合って、肩をすくめた。

「大丈夫。私たちは、貴方の味方だから。軽蔑したり暴力したりなんてしない」

 夕鈴はパッと彼の手を取って、自分の両手で優しく包むように挟んだ。びくりとした反応の後、僅かに小刻みに震えていた。

(きっと、いじめなんて日常茶飯事だったんだ。だから、人間が怖いんだ。私たちが守らなきゃ)

 夕鈴はこの時、彼の心情を察した。

「――わ、わかったよ」

 彼女から伝わる温もりは、どこか暖かく優しかった。そして彼女の眼差しを見れば、それが本音であることも理解できた。完全に信用したわけではない。どのみち、ハメられようが嫌われようが関係ない。

 彼は、そう暗示し彼女に返事をしたのであった。


 玄関を潜り抜ければ暖かな日差しが茜色に染まりながら待ち構えていた。心地の良い、温暖な微風が優しく囁く。

「それでね ――」

 夕鈴と紫苑の背中を優樹は眺めていた。未だに恐怖によって手足先の震えが止まらない。

(優しい人たちだ。こんな僕に手を差し伸べてくれた)

 嬉しかった。今までそんなことはなかったから。しかしそう思う反面、彼の心に芽生える闇の存在。それはどういう感情なのか、理解できないが、ただただ胸が痛んだ。

(でも、その優しさが時に人を殺すこともあるんだよ)

 悲観的にその背中を眺めていた。

「ん? どうしたの、優樹くん?」

 背後から遠い目で眺めている優樹の姿に気づいた。

「いや、何でもない」

 彼はただ乾いた笑いを浮かべることしかできなかった。彼女の笑顔を、優しさを壊したくなかったから。



あとがき

どうも蜂ノコです

早速第二話を投稿しました。如何だったでしょうか? まだまだ未熟者ですが頑張って書いていこうと思います!

もし良かったら、スキや感想を頂けると今後の活動意欲にもなりますのでよろしくお願いしますm(_ _)m

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