無料小説 青いボンボン帽子 第一話

この世は知識に飢えている。

周囲を見渡しても景色はほとんど変化していないようだ。四方八方、本がずらりと陳列されており、分厚い本から薄い本まで多種多様の本が置かれている。本棚に隙間がないくらいに、埋め尽くされている。

「よっと」

繊細な指を本に引っ掛けて、目に付いた書物を取り出していた。少女は目的物を片手に梯子を慎重に降りた。

「ごめん待たせちゃって」

 片手でごめんなさいのポーズをして、彼女、『清盛夕鈴(きよもりゆすず)』は友人に謝罪する。

「別にいいよ。ここの図書館は随分と高く設計されてるから仕方ないよ」

ぽんぽんと降りてきた夕鈴に頭を撫でてあげると、夕鈴は上目遣いで睨んできた。

「ちょ、ちょっと! 私の身長が小さいからって頭なでなでしない!」

「あはは、あんまりにも可愛いからつい」
 と夕鈴の友人、『白崎紫苑(しらざきしおん)』は満面の笑みでそう答えた。実を言うと、夕鈴の癖毛が気になっただけなのだが。

「あれ、次の時間って何の科目だっけ?」

 紫苑が頸を傾げながら訪ねる。

「歴史だけど、多分紫苑のことだからまた怒られるでしょ」

 夕鈴は確信しているようにそう発言した。

「――まさか」

 蒼白になる彼女の表情を見れば一目瞭然。

「やっぱり」

駄目だこりゃ、と言わんばかりに首を横に振った。というのも、彼女は宿題をやってきていなかったのだ。とはいえ日頃から忘れているためかなりの常習犯でもあるのだが。

「あの教師の授業、内容が日本史世界史じゃなくてなんでこの大図書館の歴史の話をするのかが意味わからない」

「まあそれはわかる」

 夕鈴はそれには同感だった。大図書館の偉大なる歴史と謳い、一度その話題になれば授業が終了するまで喋る続けるという。皆、あまり関心がないため居眠りするのだが、話を聞いていないと怒り出す、何とも地獄のような授業である。

「大体、歴史とか言いながらこの大図書館で言われている都市伝説ばかりだよ。教師も知らない地下室があるとか、突然その人がいなくなる神隠しとか。ホント、くだらない」

  紫苑は教師の愚痴を吐きまくる。これには夕鈴も同感である。一度ぐらい語るならまだしも幾度となく語るのだから飽きてくるものだ。

「ま、気持ちはわかるけど行こう?」

  時間が迫ってきてることに気づいた夕鈴はそう言って二人は授業へと向かった。

  そうして実につまらなく長い授業を終え、先程手にした書物を変換するために大図書館行った夕鈴。

(今日も暇だったなぁ)

  と思いながら本を棚へと戻し、梯子を降りた。紫苑を持たせている訳でもないのでゆっくりとだった。無論、紫苑は宿題をやって来なかったということで説教中である。

「ドサドサッ!」

と不意に背後から聞こえた音。明らかに大量の本が落ちてきたような音であった。

(向こう側の棚かな?)

夕鈴は音のした方へ向かった。

「うわっ、すごい大惨事」

  見てみれば散乱した本が山積み状態でになっているはないか。そして、その書物の山の麓には冬際に被るであろうボンボン帽子がはみ出ていた。夕鈴は接近し、声をかける。

「あのー大丈夫ですか?」

  しかし、反応がない。

(意識失ってるのかな?)

そう思い、山積みになった書物をよけてその青いボンボン帽子を身に着けた彼の顔を視認した。

愕然とした。美男だ、とかイケメンだからという理由ではない。その顔には切り傷の跡が浅く深くところどころにあったからである。とても痛々しいその姿に言葉を失った。

「ん――?」

そうしている中でようやく瞼を開けた彼はすぐ傍にいる人物を目視した。

「だ、大丈夫?」

目覚めたことに気づいた夕鈴は我に返り、無事なのかどうかを尋ねた。

だが、応答はしなかった。その代わりに表情と身体が反応を起こしていた。蒼白するようなくらいに、そして震えていた。恐怖に支配されているのは明瞭だろう。

「どうしたの?」

その様子を夕鈴は疑問に思い、再度尋ねる。

しかし、相変わらず口は開かない。

「もしかして、喋れない?」

そう問うと、僅かに首を横に振ったように見えた。

「とりあえず、本をよけるね」

数多とある書物をよかし、丁寧に別の場所へ積み上げていった。それから数十分。

「動ける?」

ある程度片づけてようやく全身が視認できるようになった。

「う、動けるよ」

何かおっかなびっくりな感じではあるが、ようやく口を開いた。彼はゆっくりとした動作で起き上がった。意外にも高身長、のように見えるのは夕鈴だけであろう。他人から見れば、ごく普通ぐらいの身長である。

「怪我はない?」

「――怪我なんて、日常茶飯事」

少々の間を置いてそう答えた。

「どういうこと? ――まさか、いじめられてるとか?」

顔の傷跡は尋常ではなかった。だからこそ夕鈴はそう思った。彼の反応次第では虐待の可能性も考えられるが。

そして彼の反応はとても分かりやすかった。いじめ、という言葉に大きな反応をしていたからだ。

「嫌われ者だからね、仕方ないよ。貴方もきっと僕を嫌う。この帽子のせいで」

 暗澹たる声音で彼は青いボンボン帽子に指差しながら答えた。

「――どういうこと?」

「いずれ貴方も知ることになる。貴方は今、攻撃こそしてこないけど結局、僕を嫌う」

本を収納しながらの会話だったが、丁度最後の一冊をしまい終わったタイミング。とても暗澹な表情でネガティブ。しかし、彼の言い方にはどこか引っかかる感覚を覚えた。

「もう、二度と近づかないで」

彼はそう一言告げるなり、その場から逃げるように去っていった。それを追うこともできずに、ただ茫然と立ちすくむばかりだった夕鈴。


だが、この出会いで大きな歯車がゆっくりと動き出したのであった。




あとがき

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