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【象の“機織り行動”が意味するもの】

 冒頭写真は、コロナ禍による営業休止令が解除されたあとに無料開放を行っている「メーサー・エレファントキャンプ(チェンマイ近郊)」で撮影したものだ。

 動画でないと分かりにくいが、この象は首を左右に激しく、かつ執拗に振り続けている。 

 これは動物学の世界では「Weaving(機織り行動)」と呼ばれ、野生の象には決して見られない異常行動なのだそうだ。

 つまり、動物園やサーカスなどで飼われている象たち特有の動きなのだという。

 そういえば、私がささやかながら応援してきたメーリム山奥にある「エレファント・サンクチュアリ(象の保護区)」でも、決して見ることはなかった。

 なぜなら、サンクチュアリの象たちは森林伐採やサーカスなどでの過酷な強制労働から救出されて数年が経っており、ジャングルの中でほぼ放し飼いに近い状態で暮らしているからなのだろう(閉鎖中の現在は食糧確保のためにさらに奥地に移動している)。

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 ひと言で言えば、ストレスということになるらしい。

「象の百科事典」というサイトに掲載されているジョージ・プレイという専門家の解説によれば。

 象の「機織り行動」を引き起こす要因としては、

①欲求不満(本能のままに生きたいのにそれができないという挫折感)

②退屈(目標を失ったがために生まれてくる倦怠感)

③寂しさ(家族や仲間と真の連帯ができない孤独感)

 以上3つが、引き金になるという。

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「なあんだ、人間と同じじゃないか」

 と思った人も多いだろうが、まさしくその通りなのだ。

 われわれ人間だって、望み通りにならなくてイライラしているときに無意識のうちに爪を噛んだり。

 難しい問題がなかなか解決できずに身動きが取れないと、目的も無しについついその場をうろついたり。

 ひどく落ち込んだときに、意味もなく首を横に振って独り言を呟いたり。

 ・・・と、普段には見られないような行動を繰り返すことは、決して珍しくないだろう。

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 象の中でも、この行動を示しやすいのは飼われてから長い年月の経ったものに多いという。

 そういえば、私がこのメーサー・エレファントキャンプ内を歩き回って、「異様な」と感じるくらいに首振りを続けていたのは大きな年老いた象ばかりだった。

 激しく首を振っている写真の母象に至っては、背後に近づく子象の動きにすら反応しない。

 別の柵内にいた首振りをしていない若い母象は、すぐさま反応して子象に寄り添ったというのに。

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 残念ながら、私が最初で最後にこの観光キャンプを訊ねたのは10数年前のことで、いわゆるコロナ禍以前に彼らが同様の「機織り行動」を示していたかどうかは分からない。

 果たして、ここでの「象乗り」やサッカー、お絵描きなどの「各種ショー」の強制が、そもそもの要因となったものか。

 あるいは、それまでにそうした「お務め」にすっかり慣れてしまった象たちが、突然の閉鎖で数ヶ月もの間仕事を失い、定年後の「働きバチ」と同様に虚しい挫折感や倦怠感を味わうことになったものか。

 それは動物学者と一緒に過去に遡って追跡調査をしてみないと、何とも言えないだろう。

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 ただひとつ言えることは、「機織り行動」を繰り返す象たちは、決して幸せそうには見えないということである。

 世界中の動物園やサーカス、エレファントキャンプなどの経営者や飼育係でも、この動きを「楽しいからリズムを取っているのだ」と誤解している人も多いらしい。

 私の場合は、先に触れたエレファント・サンクチュアリで自然な象の動きに間近で接してきたから、すぐに違和感を覚えたのだけれど。

 そうでない場合は誰だって、幼い子供に訊かれたりしたらとっさに「楽しいから踊っているのかも知れないね」なんて答えてしまうに違いない。

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 人間の都合で長年にわたって使役してきた象たちを、今さら野生に戻すわけにはいかない。

 このメーサー・エレファントキャンプでは今のところ強制使役は中止しているけれど、報道によれば隣県のランパーンにある「国立象保護センター」では、再開してからまたもや象乗りや水浴びショーも始めているらしい。

 これは国家レベルでの大問題とも言えるのだろうが、願わくば、いつの日にか。

 タイで使役されているすべての象たちが、「ジャングルの中での放し飼いサンクチュアリ方式」を通じて、本来の自然のままの動きを取り戻すことができますように。

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クンター吉田@チェンマイ在住物書き
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