【プラーオに第二の秘湯を求めて】
★10数年前の記憶を頼りに相棒の故郷へ
すでに書いたように、チェンマイ北西郊外のプラーオという田舎町は、タイ人相棒ウイワットの生まれ故郷である。
もう10数年前になると思うが、彼の実家に泊まりに行ったときに、寺のそばのひなびた温泉に連れて行ってもらった記憶があった。
そうしてつい数ヶ月前のこと、バイクで青空めがけて走っていたらそこがたまたま懐かしのプラーオで、あちこちで温泉を尋ね回ってみたら、ようやく町外れの「ノンクロック温泉」に辿り着いたのだ。
屋根付きの丸い屋外浴槽でなかなか気持ちのいい温泉だったが、10数年前に入った場所とはまったくイメージが違う。
しかし、相棒に電話で訊けば町の周辺に温泉はそこ一つしかないという。
なんとも、キツネにつままれたような気分だった。
★北タイ温泉探検隊が「花蓮温泉」と名付ける
ところが、その数日後。
私が寄稿しているチェンマイ発行の情報紙『CHAO(ちゃ〜お)』の古いバックナンバーをめくっていたら、プラーオのやや手前に別の温泉があるという記事を見つけた。
名前を「ポーンプアバーン(花の蓮咲く)温泉」という。
ここを発見したのは、その情報紙をベースに生まれたらしい「北タイ温泉探検隊」であった。
10数年前の発見当初はただ源泉がポコポコ湧いている程度だったらしいが、探検隊の面々が金と労力を出し合い、村人とも協力してパイプや浴槽などを整備したらしい。
現在でも、村人とはいい関係にあるという記述もどこかで見かけた。
ところが、さんざん迷った末に辿り着いてみると、どうも様子が違う。
いかにも「泰日交流」の結果にできたらしい微笑ましい看板はあるものの、温泉敷地内には人っ子ひとりいないし、周辺の家や食堂らしい構えの建物にも誰も見当たらない。
ちょうど田植え前の時期なので、農作業に出ているのだろうか。
★温泉噴水の吹き出す岩風呂でくつろぐ
右手の広いひょうたん型プール浴槽は節約のためか空っぽである。
正面の小さな長方形タイル張り浴槽には湯が溜まっているが、ぬるくて淀んでいる。
右手奥には大きな溜まりがあって、その中の円形の槽の中から源泉がぽこぽこ湧き出している。
当然、熱すぎる。
唯一入れそうなのは、小さな噴水のように湯が噴き出している岩風呂のような浴槽だけだ。
むろん更衣室などはないから、東屋から椅子を持って来てそこへ着替えを載せる。
おそらく掃除も行き届いていないのだろう、浴槽の底には湯の華が溜まり、変色かつぬるぬるして滑りそうだ。
湯温も熱いほどに高い。
浸した足先が、たちまち赤くなった。
しかし、思い切って体を沈めてみると実に気持ちがいい。
湯質が柔らかく、石鹸なしでも顔の脂が落ちてゆく。
すぐに熱さは感じなくなって、雲の間から青空の覗く大空の下で全身を伸ばした。
ついでに、平泳ぎも楽しむ(ガキだねえ)。
どういう仕組みなのか、噴水状の温泉は絶え間なく吹き出し、排水口から流れ出してゆく。
いわゆる、掛け流しだ。
★入場料を払い忘れて再訪を誓う
まあ、近辺の村の衆や私のような物好きがたまには入りに来るのだろうが、この湯質を考えると実にもったいない。
浴槽から上がってから確かめてみると、かつては40バーツで提供していたらしい個室も閉鎖されている。
収入源は英語看板にあるように一人10バーツだけなのだから、掃除や整備費用も出ないのではないか。
宣伝するにもチェンマイからは相当離れているし、観光客で賑わう「ブアトン滝」や「虹色の泉(エメラルド鉱泉池)」からでも、かなりの距離だ。
まわりには、他にめぼしい観光資源もない。
だからこそ、こうして私がタダ(し、しまった、入湯料を払い忘れたわい)で独占できるのであるが、先駆者の温泉探検隊や村人の苦労を思うと、なんとなく寂しさを感じる秘湯探訪ツーリングであった。
*
私のアパートからは、片道約90キロ。
景観や湯質には恵まれているのだから、せいぜいガソリン代を稼いで、マメに通うことに決めた。
今回払い忘れた入湯料は、「また来ます」という約束手形なのだということにしておこう。