Re:pair
この頃の始まりは スローで。
布団の温もりの恋しさが最上位に昇格した。
寂しさと哀しさと静かに。
呆気なかったサヨナラ。
確かに 始まりも突然だったんだよな。
乗り遅れた電車。
(うわぁ…タクシーもいないよ…)
他の手立てを考えようかと バス停のベンチに座ろうとしたの。
あの時の始まりは マッハで。
ベッドにした訳ではないお別れを心に言い聞かせたの。
応援と希望と一緒に。
悩み続けたサヨナラ。
たぶん 終わりは必然だったんだよね。
乗り遅れた電車。
(あ〜あ…タクシー呼ぶしかないかな…?)
出ることを拒否した体温が 布団にしがみついて離さない。
今まで 横にあったもう1つの心臓の行方を知らないフリをした。
その言い訳を正当化したくて 身動きをとれない。
(友梨歌(ユリカ)…教えてくれよ…)
出ることを決意した体温が 反発を起こした磁石のように くっ付くことを拒否したの。
目の前にあるもう1つの心臓と同じ時間の流れは感じても 鼓動自体を感じることは もうない。
その事実を拒否しようとして 立ち尽くしたの。
(大智(ダイチ)…教えてほしかったの…)
伝えたいのは気温じゃない 確かな心だったんだ。
言葉にしないで 抱き締めてばかりだったよな。
勝手に分かってるつもりになって。
分かってくれているつもりになって。
俺に足りなかったのは きっと いつも小さな言葉の積み重ねだったんだよな。
知りたいのは気温じゃない 確かな心だったの。
言葉ばかりで 抱き締められてばかりだったよね。
きっと 分かってくれると祈って。
ずっと 傍にいられると願って。
私に足りなかったのは きっと いつも大きな気持ちで 包み込んでいられる余裕が無かったことなんだよね。
出れないままの布団から 手を伸ばしてカーテンを開けてみたけど 薄く氷の張った窓からは 蜃気楼で歪んでしまう真夏のようなボヤケた景色だけがあってさ。
手探りで 違う体温を見つけようとしても あるはずも無かったのにな。
(会いたいよ…何も言わないままで…伝えられてないよ…友梨歌…)
言わないままの気持ちから 目を逸らして玄関を開けたはいいけど 寒空が作り上げてしまった薄い氷で覆われた窓からは 2人で選んだカーテンだけがあったの。
戻りたいのに 戻ってしまったら 玄関を出たこの勇気と決意が泡のように弾けてしまうから。
(傍にいたいよ…何も言わないままでごめんね…大智の道には私はいないだろうから…)
「このままでいいのか…俺は…」
良くない。
このままで良いわけがないんだ。
君が似合うと言って 乗り気じゃなかったけど買わされたコートを羽織る。
今では 機能性とあの日の君に感謝していて。
もう 買わされたなんて思ってない。
伝えたいのは こんな小さな後になって気付いた ありがとうがほとんどだ。
伝えずにきてしまった。
これを伝えなかったら また伝えたいと後悔してしまう。
こんな繰り返しは もうごめんなんだ。
会心の一歩。
クリティカルヒットさせたかった想いと会いたい心が 気温を忘れて 玄関を撃ち抜いた。
この季節の朝は目覚めが遅い。
「温かいな…」
飛び出した真夜中に行く宛なんてないと思っていたけど この公園のこのベンチは 私達のドラマには 度々 登場するシーンに欠かせなかったことを思い出した。
君が必要だと気圧されて買ったコートと手袋のおかげで この寒空でも 寒いとは思わない。
身体の真ん中だけが ずっと寒いけどね。
もう気温なのか 自分なのか 分からないよ。
いつも 何も言わなくても 私を察することを諦めないでくれていたんだよね。
伝えなきゃいけなかったのは 大丈夫でも 平気でもなかったんだね。
いつも ありがとうの1言だったんだろうね。
あー伝えたいな。
最後の言葉になっても構わないから。
でも 後戻りだけは 出来ないな。
大切なことを伝えずに いなくなった私には その資格なんてないんだろうな。
もう少しだけ この場所で 君を感じたら行くから。
今だけは 時間を忘れさせて。
しばらくして 駅に向かう頃に思うのは この季節の目覚めは遅いことくらいのものだった。
一縷の望みを託して 2人でよく来ていた公園のベンチに 居るはずはないと諦め半分の幻影を写してみる。
やっぱり 君は居なかった。
なかなか進まない俺を励ましてくれたのは このベンチが多かったよな。
背中を押し続けられた俺は 少しだけ強くなれたのかな。
「もう…近くには…」
いつかの寒い夜。
凍えながら帰宅すると コートの襟を縫い直してくれていたことを思い出す。
諦めたくない。
「家に行ってみよう…俺には それしか出来ない…」
駅へ向かう空は ようやく朝日が挨拶がてらに顔を出し始めたくらいだった。
遠い君の知らない場所に行こうとして 駅まで来てみたけど 乗れなかったの。
どうすればいいか。
そんなの私だけじゃなくて 大智もきっと知っているのにね。
どっか恥ずかしがって 心の根本を隠していたんだね。
今なら言えるのに 戻れないや。
見上げた空は 朝日が『おはよう』と挨拶しているようだった。
もう少ししたら この街ともお別れしないとだね。
バスに乗りながら 何にも考えずに どこかに行ってしまおうかな。
次のバスが来るまでがタイムリミットかもね。
肺と心臓から吐き出す呼吸に任せて 友梨歌を呼んでしまいそうになる。
叫んでしまったほうが後悔しないんだろうな。
どっか格好つけて 本音を隠してきたんだ。
叫ぶつもりで 肺いっぱいに空気を充填されたのに。
叫ぶ必要が無くなってしまった。
そこに 友梨歌 君が居たから。
本音と理由の比率が宙に彷徨って 思考が纏まらないまま 時間だけが過ぎていることにすら 注意がいかない。
戻ってしまったほうが後悔しないんだろうね。
そろそろ 次のバスが来るから行くね。
サヨナラは言えなかった。
言う必要がなくなった。
そこに 大智 君がいたから。
この物語は 冒頭に戻り その先を大智と友梨歌は修復していく。
足りないと痛感した2人の中での大切さを共有することで。
繋いだのは 手に視えて 本当は心だった。
結末を変える為の未来が ここから始まっていく。
繰り返しているようで違う修復を続けながら。