重いもの

静まり返った街の
ひっそりとたたずむ小さい家に
彼女は住んでいた

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部屋の静寂が鼓膜をキンキンと突っついて
うるさい

真っ暗な部屋に浮かぶのは
ケータイの灯りと月明かりだけ

私にとっては不便のない明るさだった

部屋の隅は闇に飲まれて黒々としていた
私もあそこへ
引きずりこまれるのでは
...と
こっそり布団に足を隠した

小さく丸まりながら
かれこれ3時間

その場で石に
なってしまうのではないのか
と言うくらい動かず
じっとしていた

ただ頭の中だけが
猛スピードでぐるぐると
過去を遡っていた

いやなことも
思い出したくないことも
忘れかけてたことも
全部

なにも考えないようにすればするほど
頭の中は煽られて
全部引っ張り出してくる

「もうわたしは寝ます」
「もうわたしは寝ます」
「もうわたしは寝ます」

そんなことを神様に願ってみたけれど
こんなときの神頼みは無駄だった

心の奥底でひっそりと考えていたことすら
夜になると頭の中に
もわんもわん浮かんできて
心も身体も重くなる

そういえばこのお店で1緒に
生活用品2人分買いに行ったな

あ、この料理すごい美味しいって
褒めてもらったな

この道は一緒に歩いたな

こんなのことも心の奥底で考えていたのに
脳には全部見透かされていた

君が居なくなるまえは
なんも気にしなかった
店も料理も道も

気になんてしたくないのに
もう忘れてしまいたいのに
君が居なくなってから
思い出していまうのだった

自分の逃げ場を作ってしまったのは
私自身だ

あのときすっぱり縁が切れていたら
こんなことにはならなかったはずだ

「気付けなくてごめん」

そんな言葉で終わらせて
嘘つきで綺麗な終わりかたにしてしまった

もう行くことのない彼の部屋も
ピカピカにしてきた
部屋が汚くなったとき
思い出してもらおうとしたのだ

記念日の度に書いた手紙も
彼の見える位置に置いてきた
見直して戻ってくるかも知れないと
思ったからだ

彼にとっては次に進みやすい
とっても綺麗で純粋な
終わりかただったのかも知れない

でも私はそうじゃなかった
大事にした分
思い出が重くて重くて
立って進むことができないのだ
きれいさっぱり無かったことには
出来なかった

こんな重荷は放り投げてしまいたい
いや、放り投げてしまおう
そんなことを考える度に
夢に出てくるのは
バラバラになる前の楽しかった過去

簡単よ簡単。
考えれば簡単なのよ
全部忘れちゃえばいいんだもんね
簡単なのよ言葉にするのは

この先彼は
戻ってこないだろうし
私自身も
戻るつもりはない
だからもうこの重荷はどこかへ置いていこう
ゆっくりでいい
置き去りにしよう

信じて
大切にすればするほど
物も人も動物もきもちも
価値が上がって
ダイアモンドのようになる

もちろん大切だって思うだろう
でもその本当の価値は
持っている時には気付けないものだ

そのダイアモンドは
失ってから初めて心の中で
記憶として輝きだして
手に取ろうとしても
届かないところにいってしまう

でも

そんなことが怖くて
失うのが怖くて
大切にする気持ちを疎かにしては
いけないと思った夜だった

もう静寂すぎる部屋には
キンキン耳をつんざく音は
聞こえない