子どもにお金をかけないと,逆に社会のコストが上がる?!
こんにちは☺いつも子どものみかたブログをお読みいただき、ありがとうございます!!
子ども関係の仕事をしていますと、
世間の方は気付きにくいかも?!と思うことがあって、
それは少子化がさらに進むと、これまでの社会が維持できなくなるってこととは別に、
現状のままだとしても、
子育てや教育にお金をかけないと、結果的に社会のコストが上がる!ということです。
最近は、よくコスパがいい!とか経済の話と関連して、効率化の話を耳にしますが、
保育や教育、子育てについては、逆にお金や人手を十分にかけないと、未来のコストが上がります!
なぜそうなるのかというと、、
結局、不満を抱えたまま大人になる人が増えることになり、
そういう人って、人の足を引っ張って、自分を上げようとしたりします。
子どもでは、よく注意喚起行動と言ったりしますが、
自分が満たされていないので、周りを利用しようとしたり、周りに要求したりしてしまうんですよね。
人の批判をして自分を上げようとするという言い方でもいいかもしれません。
そんなことを考えるよりも、自分自身を上げることに集中したらいいのにって思うのに。。
でも、どうしても不満を抱えて育っていますので、承認欲求が人一倍強く、それがゆがんだ形で表に出てきてしまいます。
それが、親含む、他者や動物、物や社会などに向かう場合もありますし、向かわない場合は、自傷行為という形で、自分に向かうこともあります。
犯罪も、自分の人生を破壊しているという、ある意味では自傷行為ですが、、
まだ子どものうちなら、承認欲求があっても、かわいいものです。
甘えが強くなったり、悪戯が増えたり、暴言が増えたり、大人の指示を聞かなかったりですね😓
子どもの頃の不満の表出の仕方は、そんな程度ですので、まだそれほどコストもかからず、対応がしやすいので、子どものうち!!なのです。
話をじっくり聞いたり、遊んだりする程度で済みます。
でもでも、
そんな子どもを見かけたとしても、そこで適切な対応が出来ていないのではないでしょうか。
ちょっとしたお金も、子どもだからと言って出し惜しみをしたり、人の手もかけないから、
子どものサインを見逃したり、わかっていてもスルーしたり。
そんなことを積み重ねているうちに、対応が比較的簡単な時期が過ぎてしまいます。
そうなると、ドンドン大人の手に負えなくなっていきます。
それが行き過ぎると、
先ほども書きましたが、反社会的な行動や自傷行為、他者への不満や攻撃など、社会性の歪みとなって現れます。
〈参考:AIに非行防止のために保育で出来ることを聞いてみた!〉
それがそのまま、社会のコストになります。
誰かのお金や人手でそれを埋め合わせすることになりますので、大変です。
その人がまき散らした、社会にとってネガティブな影響を修正する手間暇やコストがかかってしまいます。
また、不満を抱えたまま大人になると、
生きる意欲も低く、自分が潜在的に持っている力も発揮出来なかったりします。
それもある意味では、社会にとってのコストになります。
社会にとって有益だったはずの人が、そうならないということで。
なので、子ども自体が未来の社会的コストにならず、よりよい未来を作る人になってもらうため、もっと子どもにコストや人をかける必要があると思うのです。
世間や次選ばれる国の偉い方には、そんな意識をもっともっと持って頂けたらと。
保護者も保育士や保育者も、誰にも頼らず、自己犠牲をして、ぎりぎりで頑張っていますが、もう限界です😓
〈参考:子どもも保護者も保育士も大変過ぎる!〉
子どもにお金や人の手をかけるということは、
より意欲的に生きる大人に育て、個々の潜在的に持っている力を十分に発揮させ、よりよい未来を作ると同時に、
困った大人を減らし、社会のコストを下げることにもなる!という話でした☺
〈参考:将来がちょっと気になる子どもって、どんな子ども?!〉
最後まで、子どもにお金をかけないと,逆に社会のコストが上がる?!をお読みいただき、誠にありがとうございました!