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人はなぜ精神病になるのか

人間における平衡状態の考察

人間が精神病にかかってしまう理由を、なんとか理屈で理解したいという気持ちがある。
ここで「エントロピー」という考え方に注目したい。

不安定→安定へと、
エントロピーが低下する方向に物事が進行する(外力が作用しない場合)

これは自然界で確認されている現象である。

ルシャトリエの原理:
化学平衡状態にある反応系において、その状態に対して何らかの変動を起こさせたときに、平衡が移動する方向を示す原理

貼り付け元  
<https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AB%E3%82%B7%E3%83%A3%E3%83%88%E3%83%AA%E3%82%A8%E3%81%AE%E5%8E%9F%E7%90%86>

平衡移動に関しアンリ・ルシャトリエは、実験を繰り返し次の結果を得た。
「可逆反応が平衡にあるとき、外部から平衡を支配する条件(温度、圧力、濃度の組み合わせ)を変化させると、その影響を緩和する方向へ平衡が移動し、新しい平衡状態となる」
これがルシャトリエの原理と呼ばれるものである。この原理は化学平衡だけでなく、気液平衡や溶解平衡など、化学変化を伴わない物理的な平衡にも当てはまる普遍的な法則である。

貼り付け元  
<https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8C%96%E5%AD%A6%E5%B9%B3%E8%A1%A1>


2A+B⇔3C (可逆反応)

これを人間にあてはめると、以下の項目を最後には定義して議論する必要がある。

不安定状態の定義(エントロピー高):
安定状態の定義(エントロピー低):
外力の定義:

前提:人間の生命維持活動も自然の一部とし、物理法則に準ずるものと仮定する。

まずは、集団(社会)としてのエントロピーをまず考え、それを個人としてのエントロピーへと落とし込むように考察してみる
(集団の最小単位は個という考え方に基づく)
もしくは、集団での平衡状態をもとに構成要素としての個の在り方を考察してみる

集団としての統率が取れている状態
(秩序的:エントロピー高)

統率が取れていない状態
(無秩序的:エントロピー低)
人間社会はエントロピーが高い状態を基本とする不安定さが前提となる。
(人間と自然との対立の科学的裏付け)
これは自然界と人間界の対立を暗に示すものといえるだろう。

人間は自然のままに放置すると集団の規律から外れる方向へと行動するともいえる。
これは、非行、犯罪、登校拒否、ニート、ホームレスなどの社会問題が文明が進化してもなくならない、むしろ増加することの理解につながる。

人の歴史というものは、法治国家の成長、発展すなわち集団としてのエントロピー増大が続いているといえるだろう。
あくまで平衡状態を保つという原則にたちかえると、歴史はエントロピー増大→低下→増大の繰り返しをしているのではなかろうか。
(戦争や王政の変化などがこれにあたる)

ここで、いよいよ本題に切り込んでみる。

精神状態の変化とエントロピー変化の関係性をまずは定義する作業が必要である。
仮定①
エントロピー高:不快
思考が複雑化して整理されていない状態
自分の秩序と他者の秩序が対立している状態
依存先が不透明で不安定化している状態
エントロピー低:快
思考が明確化していて迷いがない状態
他者の秩序とバランスが取れている状態
依存先が明確で安全基地がある状態

この仮定だと、快不快の定義と内容が真逆になっているので適さない。
もしくは、正しいが、平衡状態と整合性をとるためにもう一つの仮定が間に必要な可能性がある?(社会→○○→精神)

だが、まずは綺麗に科学的な現象とあてはめる形で議論を進めたい。
そもそも精神的なエントロピーが低い状態はどちらか。快い状態を定常状態としていいのかどうか?ということを考える必要がある。
精神病になる人はその平衡が崩れる何らかの外力が働いているのか。
もしくは逆に外力がないと自然と病気に向かう平衡状態なのだろうか。

精神病が人間特有のものであると考えると、鬱状態は平衡が崩れていると考えた方が妥当なのだろうか。
精神的に健康(低エントロピー)に外力が加わり精神病(高エントロピー)へ?
ここで、高エントロピー状態を指す名称を再検討(快不快以外の名称)する必要がある。
※そもそも高エントロピー社会に身を置く中で精神だけのエントロピー状態をどのように定義するのか。
社会と個の関係性への考察が必要である。

精神的に安定、不安定という言葉はエントロピーの定義との齟齬を生むため避けたい。

高エントロピー社会における個人のエントロピー状態は、数学におけるランダムさで説明できる。
数学、物理においてランダムとはどういうことか。
1m四方のエリアの中に100個の玉をランダムに置くという状況を想像していただこう。
常用的な感覚で「ランダムに置いてください」と言われると、「均一に広がるように」置きがちである。
だが数学的にランダムということは、実際には「隣に置いてもいい」「密集しててもいい」「1つだけ遠くにいてもいい」という状況のことである。均等というのは規則性の一種である。

さて、これからわかるのは、社会における個人の在り方として、
「高エントロピー状態を移動するグループ」
「低エントロピー状態を移動するグループ」
「高エントロピー状態と低エントロピー状態を大きく移動しているグループ」
が存在していていいということになる。

これらの構成要素が、社会にエントロピーの変化をもたらす外力が働いたときに、高エントロピー状態と低エントロピー状態の比率を変化させながら平衡状態を保っているといえる。

仮定②
エントロピー高:精神的なエネルギーが高い
様々な感情がひしめきあっている状態
自分と他者との感情が同じ箱に入っている状態

エントロピー低:精神的なエネルギーが低い
矛盾やぶつかりあう感情がなく安定した状態
自分の箱に自分の感情だけが入っている状態

社会的なエントロピー高:高エントロピー状態の集団に平衡が傾く
社会的なエントロピー低:低エントロピー状態の集団に平衡が傾く

今回の整理は仮定①よりも合点がいくように見える。

これをベースに議論を進めていく。
社会的なエントロピーが高まるには外力が必要である。
それを今回は「秩序」「規則」と考えてみよう。

例えば「教育熱心な厳しい親を持つ」「虐待があり親に逆らえない状況に身を置く」「パワハラ上司の下で働く」
これらは小さい社会単位での高エントロピー化に働く外力と考える。

大きな社会単位で考えると、「絶対王政」「戦争で徴兵される」「相互監視社会で身動きがとれない」という外力が例としてあげられる。

ただ、全員がこれらの状況にいるからといって精神病になる訳ではない。
それは前述のランダム性につながる、低エントロピーを移動する集団もいるからである。

ここで高エントロピー集団が外力のはたらきでさらに高エントロピー化が進むとどうなるか。
→生物しての処理能力を超え、強制的に低エントロピー化が進む。

これはどういうことか。
精神病の症状として「退行」というものがある。
人間には現実原則という、現実世界に適応するために快楽の充足を一時的にもしくは永久的に諦める自我のはたらきがあるが、
退行が起こると、子供のように快楽を追究するより本能的原始的な原則で行動するようになる。

ここまで考察して分かってきたことがある。
自殺願望などの症状は、単なるエントロピー状態の考察では難しいということだ。
高エントロピー状態を強いられることで脳機能が正常じゃなくなるという身体的肉体的なな側面から別途考察することが必要だろう。

そのため、議論は一旦ここまでとし、精神状態とエントロピー状態の考察について以下のようにまとめる。

・人間は個人としてエントロピー状態が高まり、一定値を超えると強制的に低エントロピー化が進む。
・社会的にエントロピーの平衡状態を変化させる外力がはたらく
・全員が精神病(強制的な低エントロピー化)にならないのは、ランダム性によって低エントロピー集団と高エントロピー集団が存在するからである。

高エントロピー集団に属し、精神病のポテンシャルがある人はどう対処すべきか。
答えとしては外力をコントロールすることである。
自然界と異なる点としては、外力を自分にとっての外力にするかどうかが、選択や考え方によって決めることができるという点である。
高エントロピー化につながる外力は意識的に排除していく。
これが精神的に健康に生きる秘訣なのではなかろうか。

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