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『はちどり』感想

 ネタバレ有り

・『リコーダーのテスト』観賞前

 本作は兄弟がいるかいないかで大きく評価が変わるだろう。本作の三兄妹の仲はあまり良い訳ではない。しかし、それはかなり危うい時期を切り取ったに過ぎない。当然この三人の仲の良かった時代や瞬間は存在する。ウニが兄の背に隠れて人見知りしている時期もあったかもしれないし、家族で楽しく旅行をしている時期もあったかもしれない。

 本作は極めて普遍的な作品。特別な家庭を描いたという訳でもない。どこにでもある家庭を描いたもの。冒頭の団地を引いて撮ったショットでその意図が窺える。あくまで、この団地の一室を描いた作品に過ぎないのだと。

 兄弟は喧嘩するもの。これを避けて育った子などいないだろう。しかし、一人っ子にはやや理解しにくいものがあると思う。

 私が小学生だったころ、一人っ子のAくんを家に招き遊んだことがある。このとき、私は兄と殴り合いの大喧嘩をした。Aくんがいる前で。後日、Aくんに話しを聞いたところ「ちょっと引いた」とのことだった。私の家庭ではこれは日常茶飯事だが、かれの家庭では違う。なぜ家族同士で殴り合いの喧嘩をするのかを疑問を抱いたことだろう。

 兄弟をリアルに描写した映画だと最近のでは『mid90s』がその一つ。『mid90s』は、効果音がかなり激しいので、「マジでやべぇ」という印象を感じなくもないが、あれはとてもリアルに描写されている。兄弟のいる家庭の現実。弟が兄にボコボコにされるなど毎日のこと。大抵の兄はある程度、弟に対し加減をしているのだが、弟からすれば本気以外の何ものでもない。当然、弟は悔しいので反撃をするものの、兄の本気のスイッチが入れば、さらにボコボコにされ号泣して終わるのがオチ。追っかけ回るシーンは、マジでリアル。

 小学生時代、Bくんの家に遊びに行った。Bくんはクラスのリーダーシップ的な存在で、とても強い印象を持つ子だ。ちなみに、そのBくんには兄がいる。遊んでいる最中、Bくんが兄と大喧嘩を始めた。殴り合いの取っ組み合いのやつを。普段、弱いところなど見せないBくんだが、兄の前には完敗。号泣しその場に崩れた。これを見たとき私は「自分の家と同じだ」と思った。「こんなもんだよな、どこの家庭も」と。おそらく、Bくんが『mid90s』を見たら、私と同じ感想を抱く。「国越えても、男兄弟はどこも一緒だな」的なことを。

 そして、逆に兄弟喧嘩がほとんどない友達もいた。Cくんだ。Cくんは兄とほとんど喧嘩をしないどころか、ややCくんのが主導権を握っているようにも思えた。私的に、これはありえないことだった。その光景を見たとき、やや気持ち悪さすら覚えた。

 一人っ子の人が気になるのは、「そんな喧嘩ばかりして仲が悪いの?生きづらくないの?」とか、そんな事だと思う。これは、私の家庭の話しでしかないが、別に仲が悪い訳ではない。遊ぶ時は普通に遊ぶ。『mid90s』でも兄弟でゲームをやっているシーンがある。「あんな喧嘩して、普通に遊ぶの?」と思うかもしれないが、普通に遊ぶ。これは大半の兄弟がそうだと思う。

 その凄惨な時期を乗り越え、高校生ぐらいになると兄弟喧嘩はぷっつりと無くなる。不思議なもので、落ち着いてくる。死ぬほど、喧嘩したのに。プロレス技の実験台にされたり、寝ているのに急に顔面を蹴られたり、パソコンチェアをぶん投げたり、壁に穴を開けたり、木刀を振り回したこともあるが、これが無くなくなる。
 話を戻すが『はちどり』ではその危うい時期を90年代という時代とともに描いている。上記を踏まえると、高校生の姉だけは、やはりやや落ち着いている。争いは弟妹とではなく、親と起こる。これは上の子の特徴。下の子たちはこれを、間近で見るので、親との争いは少ない。基本的に上の子を見て学ぶ。
 私は男兄弟なので、女の子がいる家庭のリアルはさすがに分からない。しかし、性別関係なく本作の家庭描写は実に本物で、数多の人たちに突き刺さる。この"突き刺さるもの"が何かと問われると、上手く言えない。しかし、そこにある、本作にはたっぷりと描写されている。本作は兄妹がいる人たちにとって、とてつもない共感を呼ぶ。


 ようやく『はちどり』の感想を。端的に言って素晴らしかった。後ろ姿が印象的なカメラワークに、優しい音楽。かなり近い距離で描いているが、その距離感がまた心地いい。肌で感じた部分が多く、感想を書くのが難しいので、だらだら書いてます。


 ヨンジ先生は、ウニにとってかけがえのない存在だが、彼女は突然去る。ヨンジ先生が去ったのは、ウニが深く関わったことが要因だと思われる。とても大人で余裕の有りそうなヨンジ先生だが、彼女がとても弱く見えたシーンがあり、それはウニが抱きつくシーン。あれだけ立派で包容力のありそうな人に見えたが、ウニに抱きしめられたときは、なんだが弱そうに見えた。
 ヨンジ先生の心の余裕に収まりきるほどウニの存在は小さくない。そして、お見舞いの後、ヨンジ先生は突如として去ってしまう。ウニの存在を背負いきれないと思ったのも要因だが、彼女自身が一歩踏み出そうと、ウニに勇気を貰ったことが何よりも大きい。休学中だった大学に彼女は進んだ。
 しかし、ウニがそれを理解するにはあまりにも若かった。

 ヨンジ先生が「反抗しないと」とウニに言う。(明確なセリフは覚えていない)。上記のように、下の子は上の子に反抗してもより過激な応酬が待っている。私は男なので、分かっていながらもアホみたいに反抗し続けていたが、ウニはそうではない。女の子だし、兄に真っ向から挑んでも勝てる訳が無い。本作は監督の私小説だと思うが、相当苦しい生活だったんだなと思わせる。本作はその救いも描いているのが、救い。ウニが自宅のキャビネット下で破片を見つける。これは、母が父に逆らったときのもの。ウニはヨンジ先生に言われたことを、破片を見て思い出す。そして、母も一人の人間であり、立派な人だと知る。

 ウニの友人が放った「ウニって、ときどき自分勝手」というセリフ。これはその通りでもあるのだが、本編を通せば彼女こそがこのセリフを発したい人物。友人に対しても、彼氏に対しても、後輩に対しても、家族に対しても。まさに、成長する真っただ中を描いた本作。私的に、印象的だったのが入院と手術。経験した人にしか分からないものがあると思う。
 
 私自身も入院と手術を経験したことがある。入院期間は1カ月ほどで、手術は5回。その内全身麻酔の手術が2回。高校二年生のときだ。
 まわりの同級生や友人が、何事もなく毎日学校に通う中、私は病院にいた。「なんてついてないんだろう」という考えが頭の中を駆け回った。しかし、各病室やとなりのベッドには、たくさんの患者がいる。寝た切りで身動きすらとれない人。たった今入院してきたばかりの人。自分より遥かに重傷な人。そういった人を見たとき、「まだ自分はついているな」とも思った。ベッドでただ絵を描いていたとき、ふと「あぁ、俺って生きてるんだ」と思う事があった。これは、『トイレのピエタ』で野田洋次郎が放った言葉でもある。全く同じで、不思議な感覚だった。

 ウニもそれを経験したことだろう。自分はもう退院してしまうけれど、同室の人たちはまだ残る。しかし、その残る人たちに"励まし"を貰う。彼女の視野と価値観が広がったシーンだったと思う。ウニの孤独な退院は、さほど孤独でないと信じたい。
 病院の退院って、ドラマとかだと「退院おめでとう!」と、看護師や医師が送ってくれるけど、あんなことは実際ない。看護師から「あっ、もういいですよ。帰ってもらって」みたいに軽く言われる。難病による長期間ならあるのかもしれないけど。

 「自分はまだついている」とは思いつつも、やはり入院と手術はしたくなかったのは事実。未だに、手術痕が痛む日はあるし、なんだか調子が悪い日も。私は一カ月の入院で、食欲を失った。退院後しばらくは、ラーメン一杯すら完食できなかった。高校への登下校だけ疲れてしまい。帰宅後、何も出来ずただ寝た。私は、肺をやったのだが、スキーのインストラクターにこう言われた。「肺が一つしかない人だっているんだぞ」と。「知るかよ。たしかにその人の方が不幸だが、俺は俺で辛いわ」と思った。さすがに伝えはしなかったが。

 本作の冒頭は、ウニが母に意地悪されているシーンで始まる。これはウニの感違いだが、ウニが抱える家族からの愛の不足は、終盤で多大な影響をもたらす。母は兄を亡くした。ウニにとってこれが、どれほどのことなのか親身には分からないし、想像もつかない。私自身も、本編中の母を見るとき、この事実を少し忘れていた。ウニが必死にはばたき生きる中、周りの人間たちの愚かさと貧しさに絶望しながらも、そのしがらみを解き、多様な見方が現れる。新たな面を知る、視野と価値観が広くなる。何て素晴らしい描写と、脚本とキャラクターによる成長物語だろう。

 監督は良く喋る人なので、本作の数多のシーンの解説がある。個人的には監督が明言したものを正解としたくはない。受け手による多様な見方を否定したくない。
 本作には良く分からないシーンがいくつかある。男性突然泣いたり、母が呼びかけに応じなかったりなど。監督はこれらに対しても明確な理由を解説している。ウニがこれらの出来事を理解していないので、私もその考えに同調したい。子供の頃、親や大人の良く分からない言動がいくつかあると思う。これらのシーンはその一つだと思った。それに神の視点で解説するのには、僅かに違和感を覚える。


・『リコーダーのテスト』観賞後

 パク・チャヌクは本作の続編が観たいと言った。しかし、まさかこれが続編だったとは思わなかった。続編という位置づけにしてしまうと、どうしても考えを改めざるをえない。
 本記事の一番最初に、「仲が良い時代もあった筈」と書いた。でも前日譚の『リコーダーのテスト』は、大変酷なものだった。仲が良い時代や瞬間が本当にないのかも知れない。監督は子供時代を耐えることが多く、良い思い出がないと語っているが、私が考える想像以上のものだったのか、本作を私小説として本気で見る事をせざるをえない。本作の描写されなかったシーンに、これ以上の地獄があると思いたくは無い。多少の楽しい記憶もあると信じたい。

 『リコーダーのテスト』の続編としての本作の感想はまだ、まとまっていない。ちょっと自分の言葉で書けそうにない。小学生時代の方が、兄弟仲は壮絶。しかし、それは良く関わり頻繁に遊んでいることの証でもある。しかし、本作は・・・・・・・・・。



監督:キム・ボラ
脚本:キム・ボラ
出演:パク・ジフ キム・セビョク イ・スンヨン
   チョン・インギ パク・スヨン キル・ヘヨン
音楽:マティア・スタニーシャ
撮影:カン・グクヒョン
原題:벌새(英題:House of Hummingbird)
時間:138分
製作国:韓国


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