『ハラボジの家』感想
ネタバレ有り
あいち国際女性映画祭にて観賞
『ハラボジの家』。まず邦題が素晴らしい。"ハラボジ"とは韓国語で祖父。つまり『おじいちゃん家』。原題は『姉弟の夏の夜』。おじいちゃん家で過ごした、姉弟の物語。
直近だとキム・ボラの『はちどり』を連想させるが、本作の家族仲は『はちどり』より断然良い。姉弟仲(兄妹仲)というものは、なかなか映画では描かれにくいものだと思っている。兄妹を持たない人が兄妹愛を描くのはどうしても難しい。だからと言って、兄妹を持つ人が兄妹愛を描くのにはどこか小恥ずかしさがあるもの。
ダファー兄弟の『ストレンジャー・シングス』なんかも、兄弟が豊富に登場しているのに、その兄弟愛というものはあまりにも不足している。ウィーラー家は本当に三姉弟なのかと思うほど。
本作の姉弟は、非常にリアルだった。巷では2020年の『はちどり』とも言われているらしいが、まさにその通りで、リアルで上手い。
弟が姉に対し「お前」という言葉遣いをし、姉が「"お前"って言ったな」と怒る。日本の家庭とここまで同じだともう、むしろビビる。当然、喧嘩もするが基本的には仲が良い。構ってほしくて、わざと姉にちょっかいを出す。
姉の世界はもう広がっていて、家庭の世界が最も重要からは離れつつある。これからどんどん自分の世界が重要で大きくなっていく。弟は当然、そんなことを気にもとめない。変化しやすい夏の季節に、おじいちゃん家で過ごす家族。単なる帰省とは違い、この夏は人生において大切な記憶として残り続けることを思わせる。姉弟はこの夏のことを一生忘れないだろう。
祖父母の家というものは、なんだかワクワクするもの。友人宅は多少、制限がかかる傾向にあるが、祖父母宅はある程度の自由がきく。本作のハラボジの家は、とても古く、かつての生活感が色濃く残り、そこらかしこに思い出がある。二階に上がるための扉は謎だし、とある一室の足元の壁には、何故か小さい扉がある。学校で使うものより旧式なミシン台に、コンポにタンス。姉弟の視点から充実にそれが描かれる。弟が、物が溢れた部屋で寝たり、姉に二階への扉を閉められていることに対し、どうしてこうも愛着と哀愁が溢れるのだろう。
本作の重要なキーパーソンである祖父。祖父を演じる役者さんが大変良い演技をしている。無限に溢れるかのような優しさを持ちながらも、どこか無機質。足取りに仕草、数種類しか出さない表情から、読み取れる多彩な奥深さ。おじいちゃんの笑顔がとても眩しい。凄いなあ、セットといい役者といい、ここまで本物に仕上げてしまうなんて。
是枝の映画を連想するが、是枝よりも優しく、明るい。是枝演出と、秀逸な演技指導によって、優しい印象を感じるが、是枝映画はどこか重たい。もちろんこれを悪く言っているのではない。好みの話し。
『ハラボジの家』の、ホームビデオ感のある雰囲気と、その明るさと優しさはずっと見ていたいと思うほど。しかし、本作は105分。『はちどり』よりも30分短いが、何ともこれが心地よい。タイカ・ワイティティは「もう少し観たいくらいの方が良い」と言っているが、本作のこの尺と、観客の欲求はまさに天秤が水平だったのではなかろうか。
欠かさない食事風景、睡眠、弟の踊り、叔母のスキンケア、父と娘のサイズ違いのズボン、歯磨き、なんてことない会話、自転車、そしてスルメを炙る。初監督というものが、どれだけ利点があり欠点があるのかは分からない。監督は必要なシーンが全て分かっているかのようだった。どうやら、撮影監督に助言をもらい、当初のドラマチックから、普遍的なドラマへと方向性を改めたようだが、これは正解だったと思う。セットを見て脚本を直したのも。
いや、本当に素晴らしい映画だった。人も描写も全てが優しく、全てが大好き。
監督:ユン・ダンビ
脚本:ユン・ダンビ
出演:チェ・ジョンウン ヤン・フンジュ
原題:남매의 여름밤(英題:Moving On)
時間:105分
製作国:韓国