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『WAVES』感想

 ネタバレ有り

 トレイ・エドワード・シュルツ二本目。『イット・カムズ・アット・ナイト』は好きな映画。そして、本作は大好きな映画になった。

 ほぼずっと流れる音楽に、奇をてらったカメラワーク。映像比変化、美麗な映像。全て最高だった。本作の分かれ目は多様な演出にもあると思うが、被害者視点が全く描かれないことにもあると思う。それは確かに、そうなのだが、本作はそういった作品ではない。それを求めるなら、言いにくいが、他の作品を見て欲しい。

 本作の印象は「とても優しい映画」。描かれていること、及びほぼ全ての描写が酷な内容だが、とてつもない優しさで充ち溢れていると思う。

 映像比変化がもたらすものと、第一幕と第二幕。
 第一幕は兄の物語。映像比変化は上下の縮小。本作の冒頭は、エミリーが自転車に乗っている姿を後ろから撮り、”WAVES”というタイトルが画面いっぱいに広がる。そのまま、兄の物語が始まる。レスリングの練習風景に、大変景色の良い道路を楽しげにドライブするカップル。父とのトレーニング。幸福で、楽しげなシーンの連続。しかし、父からの圧迫、怪我や恋人の妊娠をきっかけに不穏な空気が漂い始める。そして、気付く。映像が狭くなっていることに。事前情報は仕入れない質なので、気付くのはやや遅れた。一回目がいつからか覚えていない。基本的に私は予告編も観ないです。

 兄の心の狭さと余裕の無さが、顕著に映像比よって現れる。一回目で分かった、これから兄の物語は悲劇に向かっていくのだと。あんなに楽しい場所として描かれた車内も、喧騒な場所に変わる。恋人(アレクサ・デミー)の主張や性格に一切の間違いなどない。かれは怪我によって、心の支えを失った。いや、もう心が折れてしまったのが正しいだろう。私は、今まで経験したことがない。自分にとって一番重要で価値のある"何か"が一瞬にして崩壊してしまったことなど。
 そして、どんどん映像は狭くなり、余裕もなくなり事件が起こる。事が起こった瞬間、縦の映像がもとに戻り、横幅が狭くなる。事の深刻さによって、我に帰ったが視野は狭くなったのか、これをどう捉えるのが正解かは分からない。なぜなら、この映像比のまま第二幕である妹の物語が始まるのだから。

 妹・エミリーを演じるテイラー・ラッセル。存在は知っていたが、出演作を観るのは初。めちゃくちゃ可愛い。もう超可愛い。画面に釘付けだった。
 
 だが、彼女の物語も、兄と同様に楽しいものではない。

 エミリーは、とても優しい子である。泥酔し、吐き泣き崩れる兄に対し、あそこまでの気が使えるだろうか。彼女は「いいよ、大丈夫」と声を掛け、胸で抱きとめる。母親が亡くなり、辛く厳しい時期を共にしてきた二人にしか分かりえぬ絆もあっただろう。

 事件以後、エミリーは「兄の事が嫌い」だと父に吐露する。そして、エミリーの彼氏のルークは「父が嫌い」だという。エミリーは、嫌いな人を家族に持つルークに親近感を抱く。しかしエミリーはそんな気持ちを持ちながらも、その人に対し、特別な絆はあり、かつて愛していた事実も、それが失われることの恐怖も、これを大事にしたいとも思い続けているのだ。

 ルークの父が危篤だと知り、エミリーは会いに行くべきと言う。何百キロも離れていても会いに行くべきだと、私も一緒に行くからと。エミリーは、自身の兄とルークの父を重ねていたが、病院に行き、その重なりが彼女を動揺させる。
 父に対するルークの姿勢は極めて穏やかで優しかった。誰しもとまでは言えないが、嫌いな人であっても、病に伏せここまで弱りきっていたら、情を出さずにはいられない。エミリーはもともと優しい子だ。兄がもし、こうなってしまったら(既にこうなっているのかもしれないが)という気持ちと、兄への憎悪の感情の卑しさに戸惑う。目の前で、弱々しくもとても優しい修復を見せられ、エミリーの頭の中は兄と家族で覆われる。「もとに戻りたい、そのもとに戻るための勇気を下さい」と願うエレベーター内でのエミリーの表情と涙は、もう言葉に出来ないほど心を打たれた。
 原因は自分になくても、家族一人一人にその責任がつき纏う。それが家族だ。

 観終えてから月日がたち過ぎた。もういちど観て、さらに書く。

 

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