『ミッドサマー』感想
劇場公開版とディレクターズカット版を観賞した。
ネタバレ有り
本作を観て感じたことは主に二つ。表面的な人間関係と薬物または、それ以外への依存。
①表面的な人間関係
一つ目の「表面的な人間関係」について。
生きていれば、誰もが経験しうることだろうが、よくつるむ者たちの中には中心的な人が大抵いる。
その人がそのグループを繋いでいるし、保たせている。しかし、その中心人物がいなくなったとき、他の者たちだけで仲良く喋ったり遊んだりするだろうか。もちろん色々な場合があるだろうから、経験したことの無い人もいるかもしれない。疎外感とはまた違うもの。
本作では主人公・ダニーの友だちと呼べる人物は登場しない。彼氏とその友達。しかも彼氏は一年以上前から別れたがっているし、ダニー自身も自分は重い彼女ではないかと悩んでいる。
ダニーは少ない拠り所を頼りに生活し、日々自分を保っているが、妹と両親の死によって生活は激変してしまう。彼女にはもう、別れたがっている彼氏とその友達以外に拠り所がない。
本編では、ダニーの彼氏以外で積極的に話しかけてくれるのはペレだけ。ジョッシュは睡眠薬をもらいに行く程度で、マークは空気。
ダニーは常に孤独を感じているし、実際孤独の時間をスウェーデンでも作ろうとしていた。しかし、ホルガはそれを許さないし、それがエンディングにも繋がっていく。
アメリカでは、カウンセラーの女性との通話シーンがあるが、劇場公開版ではここだけ。ディレクターズカット版では、スウェーデンでの車内で「誕生日おめでとう」といったメーセージを受信するシーンがある。
ダニーにとっては数少ない拠り所の一つだとは思うが、本編の描写の少なさから、さほど重要な存在でないと思われる。
本作はホルガも重要だが、アメリカでのシーンも極めて重要。地元での人間関係が、壊れているというのはしっかりおさえておく必要がある。
②依存
二つ目の依存について。
依存の対象として最も有名なのは薬物。本作でも薬物が出て来る。薬物として出てこなくても違った形でも出て来る。
ホルガに入る前、一回全員が車を降り、ホルガの人が薬物摂取を全員に要求。ここは単なるトリップとして描かれている訳ではなく、ホルガに入る前の必ずしなければならないことの一つ。
これを摂取した時点でもう逃れられないが、実際には車で横断幕の下を通る、カメラワークが独特なシーンで始まっている。
ホルガに入った後も、食事や飲み物の中に体に何らかの作用をもたらすものが入れてある。これがとにかくしつこい。他の人のミッドサマーの感想を読んだが、薬物に触れている人が少ない印象を受けた。こんなにもしつこいのに。
そして依存という観点から見れば、別にそれは薬物でなくとも、人でもなんでもいい。ホルガに来る前、ダニーは彼氏に依存していたし、メイクイーンに何故か執着があった。そしてホルガもホルガに依存する。
そして視聴者もまた、本作の明るい映像に依存している。
③人間性
クリスチャンの性格を踏まえた人間性。
誰もが良い人でいたいと思う。優しい人でいたいし、人を傷つけ差別をするクソな人間にはなりたくないもの。クリスチャンもその一人。
そして現在の世界・社会もそういった考えが繁栄している。差別発言をするなら一発で炎上。差別意図を含んでいなくても、過激思想の持ち主が広げる。そして扇情主義者とその媒介者たちによってSNSで爆発する。
本作でこれが最も感じられる部分は、就寝時の赤ちゃんの泣き声だと思う。赤ちゃんは泣くものだ。しかし、本音を言えば誰もが就寝時には静かにしていてもらいたいもの。本作の赤ちゃんの体力は凄まじい。大抵は疲れて寝てしまうが、とんでもない時間泣き続けている。夜は来ないが、あれは夜泣きと言うのだろうか。
しかしダニーは、赤ちゃんの世話役と少し仲良くもなったし、ホルガの共有思考からか、文句は言えない。誰も文句を言わない環境が促している部分もあるし、ダニーの人間性も含まれる。そのため、ダニーはただ、ジョッシュに睡眠薬を求めるだけ。他の人たちどうしてるの?と疑問を持つ。マジで長時間泣き続けてるから。
ディレクターズカット版にて2回目の観賞で気付いたが、赤ちゃんの母親は巡礼に行っているという。しかし、これは絶対嘘。思えばこれも伏線だった。母親は、おそらく"よそ者"で産んだ後、殺されているのだろう。ホルガの90年に一度の祝祭に出席しない訳がない。
④最後に
最後に本作を映画として見た場合の感想。
一体いつからペレの作戦は始まっていたのだろう。パーティのシーンで、スウェーデン旅行について話し始めたのが誰かを覚えていないが、ペレ以外の人物はダニーがついて来ることに関しては不都合。
わざわざ話したし、クリスチャンの性格を利用してなのかは定かではないが、ダニーを誘う形になった。
そしてペレは、ダニーにメイクーンの写真を見せたり、家族を亡くした彼女に同情もしていた。
本作の明るい映像に依存性があるとするなら、ペレが見せたメイクイーンの写真に何かしらの麻薬効果が含まれていたのかもしれない。草間彌生の絵にハマるのと同じようなことかも。
ペレ及びホルガの目的は単純で、異教徒どもの確保、生贄、種付け。(出産も?)
ダニーはメイクイーンになるが、それも最初から狙いだったのだろうか。おそらくそうだろう。私が少し疑問に思ったのは、なぜ「去年のメイクイーンよ」などといったあってもおかしくないシーンが存在しなかったのか。
もし、メイクイーンをダニーのような異教徒を故意に選んでいるとするなら、恐ろしい考えが芽生えてしまう。ゾッとする。
あの赤ちゃんの母親もダニーと似たような経験をしたのかも。
物語を物語として見るのではなく、計画として見ると面白い考えが出て来る。全てに理由を付けるなら、どんな理由を付けるか。
脚本を書く上で、矛盾点を解消させるため、そして視聴者を納得させるためにさまざまな工夫を凝らす。駄目なときは映像や音楽、勢いでごまかすことも。
しかし、全てに理由を付け描写していては、視聴者に考えさせる余地が生まれない。
私の見解としては、ダニーも殺されるんだと思っている。映画のラストはまだ、9日間の4日目か5日目。まだまだ起こる筈だ。しかし、ダニーは虜になり、視点人物もいなくなってしまった。ダニーの精神面での物語がここで完結しただけだと思っている。
ちなみに、一番のお気に入りシーンはメイポールダンス。音楽が最高。
ディレクターズカット版を観ると、監督が本作をラブロマンスと呼んでいるのが良く分かる。
「映画を通して表現し、観客がなんらかのカタルシスを得られるようにしている」By アリ・アスター
監督:アリ・アスター
脚本:アリ・アスター
出演:フローレンス・ピュー ジャック・レイナー
ウィル・ポールター ウィリアム・ジャクソン・ハーパー
ヴィルヘルム・ブロングレン
アーチ・マデクウィ エローラ・トルキア
ビョルン・アンドレセン
音楽:ボビー・クルリック
撮影:パヴェウ・ポゴジェスキ
原題:Midsommar
時間:148分(ディレクターズカット版:171分)
製作国:アメリカ,スウェーデン