【美術・アート系のブックリスト】尾崎彰宏著『静物画のスペクタクル オランダ美術にみる鑑賞者・物質性・脱領域』三元社
静物画に関する論文をまとめたもので、全体としては静物画がジャンルとして自立した17世紀に遡って、その美術史的な意味を探っています。
静物画というと、花や果物、道具や食品をモチーフにした絵として現代では一つのジャンルとなっています。一般には、神を頂点とする自然界のヒエラルキーに準じて、絵画は神話を描いた歴史画、司祭や王族など高貴な人物を描いた肖像画、人間界を描いた風俗画、自然界を描いた風景画、人工物を描いた静物画の序列があったと言われています。そして世俗化が進んだ17世紀オランダで、宗教的な縛りが緩くなったことで、ヒエラルキーの最下部にあった静物画が独立したモチーフとして地位を上げたという説明がされます。つまり聖からから俗への変化に対応したという説明です。
これに対して著者は、描写という職人的技術によって鑑賞者を喜ばせるという目的とともに、静物表現によって逆に宗教性を喚起する仕掛けもあった、つまり二つのベクトルの交差として捉えられるという主張をされています。モノクロですが図版が非常に多く掲載されています。誰もが知る有名な作品だけでなく、それほど有名でない画家の作品も例として挙げられて、とても勉強になります。(バルビゾンの画家が数百人いるのと同じで、この時代の静物画って数えられないほどありますね)
私の理解では、宗教改革によって聖書主義が進むと同時に、この世界そのものを書物を読むように研究することで神の意向に近づけるという発想から自然科学が発達し、それと歩調を合わせるように絵画においても自然を克明に描くことがさかんとなったのだと思っていました。その延長に風景画や静物画の自立があったわけで、それは聖から俗への頽落ではなく逆に神による被造物の研究として、聖性を獲得することだと理解していました。プロテスタティズムの勤勉さが資本主義を産んだとするウェーバーの議論と平行して語られる人類史の解釈です。
ところが本書は宗教からの影響は美術史の世界では大前提となっているからなのか、取り立てて言及はなく、あくまで美術の内発的発展として記述されています。一般の読者としてはその辺の影響関係についても詳しく説明してくれたらありがたかったというのが私の感想です。
2020年4月22日