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【美術・アート系のブックリスト】 デイヴィッド・ホックニー、 マーティン・ゲイフォード著『絵画の歴史 』(増補普及版)青幻舎

 2016年にイギリスで発表され、翌17年に日本版が出た『絵画の歴史  洞窟壁画からiPadまで』の増補普及版。ここでいう絵画とはpictureの訳なので、美術品や作品ではなく、画像や図像や絵柄あるいは端的に「絵」といった方がいい。彫刻や映像と対比される美術ジャンルとしての絵画というより、言葉や音声と対比されるところの絵であり、写真や映画も含まれる。実際、英語では写真も映画もピクチャーである。現代の言葉では「表象」に近いかもしれない。

 現代アートの巨匠デイヴィッド・ホックニーが美術評論家のマーティン・ゲイフォードと対談形式で人類の絵の歴史を振り返りながら、三次元を二次元で表現することの意味を探っている。副題通り、洞窟からエジプト、ギリシア、中国、日本などのあらゆる文明の絵を取り上げるのだが、350ページにも上る本書は、冒頭の1ページの言葉に要約されている。
「画像はすべて、上手い下手の別なく、それからたとえそんなふうに見えなくても、現実に対するある人の見方を提示するわけです」である。
 ゲイフォードが語る通り、絵は見方である。そしてこの本自身が画像制作の歴史と発展の仕方についての二人の著者の個人的な説明である。しかも絵画の「見方」は、自然科学や社会科学をもとにした一般的な見方と違う。
「絵画に進歩はない」とホックニーはいう。最良の絵は最初に描かれたものである。したがってプリミティブという観念は間違っている。ラファエロがジョットに優っているかというとそんなことはない。喜多川歌麿が描いた着物姿の女性は8頭身か9頭身だが、19世紀末に撮影された日本人女性はみんな身長150センチほどである。だからといって歌麿の絵が現実を 映していないとはいえない。歌麿にはそう見えていたし、日本人はそう見ていた。
 見方によって絵が生まれ、絵は見方を示す。二人は一つ一つを解説していく。
 本書が優れているのは、言及された絵画や写真や映画をきちんとカラー図版で掲載しているところ。編集者なら分かるがこうした図版を本に載せるには著作権申請と画像の処理が大変である。346点もの図版がその魅力を損なわないサイズで掲載されている。その分、巻末のリストは文字が小さいのは仕方ない。

 現実、徴(しるし)、時間・空間、鏡、紙と絵の具、舞台、レンズ、カメラ、映画といった観点から、それと絵との関係や意味を探っていく。大きな主張があるわけではない。ただ絵にはそれ独自の歴史があり、意味があり、それに終わりはないことを繰り返し示している。ホックニーはiPadなどデジタル機器でえがくことに夢中らしい。
 今後はフォトショップを使ったり、写真を加工した絵画が現れるだろう。この本は、そうした新しい絵画の時代のスタート地点に私たちが立っていることを教えてくれる。

368ページ B5変 3850円

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