【美術ブックリスト】『沖縄美術論 境界の表現 1872―2022』翁長直樹 著
著者は沖縄県立博物館・美術館の元副館長。琉球大学卒業後、中学、高校で教え、アメリカで美術館学を学んだ経験をもつ、地元の美術に精通した人物のよう。
第1部は美術史。
沖縄で展開された戦後美術を中心に論じているが、戦後活躍する画家の多くが戦前に美大などで学び活動もしていたことから、1872年の日本政府による琉球藩設置から終戦までを戦前期として1章あてている。2章は戦後の米軍統治時代から1972年の本土復帰、80年代のモダニズムとポストモダニズム、2000年代の美術館開館、沖縄県立芸術大学開校を時代をおって論述。さらにニシムイ美術村、沖展、沖縄に来た画家、海外で活躍する沖縄系アーティストにも章を当てる。
第2部は作家論。東京の目白文化村の一角をなした洋画の名渡山愛順、やはり東京で学んだ彫刻家の玉那覇正吉、ハワイ生まれの陶芸家・タカエズトシコといった沖縄の美術を彩ってきた著名アーティストから、現代アートの国際舞台で活躍する照屋勇賢、映像の山城知佳子までの24作家を具体的な作品を挙げながら評論を寄せる。
ここまでが概要。
ここからが感想。
一地方の美術史というと、地元文化人による史実の羅列と地元作家に対する無条件の高評価ではないかと思ってしまう。しかし本書は沖縄からの視点で地元の美術を見つめながらも、日本(本土)や欧米の美術の動向からの影響(共感と反発)を冷静に記述している。南洋の自然、琉球王国の歴史、日本唯一の激戦地、アメリカ統治時代など、日本のなかでも様々な特殊性をもつ沖縄の美術を、単なるユニークな文化として特権化してお国自慢にすることもなければ逆に卑下することもない。個々の時代の状況、個々の作家の作品を、何らかのイデオロギーや思潮に偏ることなく平明に解説していてわかり易い。
巻頭に本書で言及される作家たちの作品が口絵として掲載されていて、巻末には用語解説もついている。B円(米軍占領下の沖縄県で流通した軍票)など、沖縄以外の人には馴染みのない用語も解説なしででてくるが、逆に勉強になった。
副題は「境界の表現」となっているが、それは辺境という意味ではなく、異文化と接する場所という意味だと解釈した。
沖縄県内だけでなく、広く読まれてほしい一冊。
追記 原田マハの小説『太陽の棘』でも知られるニシムイ美術村の跡地に昨年夏立ち寄った。村も住居も残っていない。崖の向こうにはモノレールが見えた。照らす太陽の光の眩しさだけは、彼らが受けたものと同じだと思いたかった。
314ページ 四六判 2700円+税 沖縄タイムス社