10代だった堂本剛ファンが30代で出戻るまで
自分で言うのもなんだが、10代の学生のころ、私は人気者だった。
十数人の仲良しグループの中心にいて、私が何かやりたいと言えば叶わないことはなかったし、休み時間の自席周りにはいつも人の輪ができていた。
毎日毎日、”何をやれば、言えば、皆に喜ばれるか”を考えて行動していた。
本当はだらだらしていたいタイプなのに、勧められるまま学祭や学内イベントのリーダー的なこともやり、皆が楽しく過ごすためのサポート方法を必死で考えていた。
そして、そんな毎日が楽しい反面、疲れてもいた。
ちょうど家族と上手くいっていなかった時期でもあり、”本当の自分なんて誰も好きになってくれない”と思いながら、実際は”本当の自分”で過ごすことを渇望していた。ミスチルの名もなき詩を聴いて泣き、心の支えにするくらいには。
そんな中で目に入ってきたのが堂本剛だった。
最初に感じたのは違和感。「この人どうしちゃったの?」と思った。
それまでのイメージは、いつも笑顔で明るく楽しく、アイドルなのに歌が上手く、演技もダンスもできる、まさにパーフェクトアイドル。アイドルになるために生まれてきた人だと思っていたのに、奇抜な髪型や服装になり、トークも昔ほど元気がなく、一体どうしたんだと興味がわいた。
そこから、月光を追う虫のように、どんどん彼の活動を追いかけるようになった。
CDを買い、TV番組を録画し、連載エッセイを読むためにこっそりMyojoを買い、彼の悩みを知ろうとした。
感じたのは、この人は自分の1億倍くらい大きなスケールで、それでも似たような悩みを持って、それに正面から立ち向かおうとしているんじゃないか、ということ。
本当の自分を探しながら、日本の国民全員を相手に、今までのイメージを覆してでも”本当の自分”を表現しようとしているんだ、と思った。
めちゃくちゃかっこよかった。憧れた。
こうなりたいと思って髪型もファッションも真似たし、路上で売ってる怪しいアコギも買った。
それと同時に、彼に向かう無数の刃も見えてきてしまった。
彼が自己表現をはじめた時、そして彼が心の調子を崩している時、最も激しく攻撃していたのは、一般国民ではなく一部のファンだったと思う。
応援している、ファンだと言いながら、自分の理想のままでいてくれないと批判し、心の調子が悪い人に「プロならば根性でがんばれ」と言ってしまえる彼女たちが怖かった。
堂本剛は、一部とはいえそんな人たちに囲まれながら、崖っぷちに立って傷だらけにされて、それでも踏ん張っている人のように見えた。
そして私は、直接手を差し伸べることができなくても、彼が踏ん張るのを少しだけでも手助けできる小石くらいにはなりたいと思った。
ソロCDは初回盤通常盤はもちろん、保存用布教用も買ったし、ソロライブにも通った。特に[si;]には8回行った。
初めて名古屋に行ったのも、関東に行ったのも、堂本剛のライブのためだった。
アルバイトを増やし、夜行バスに乗り、ライブに行っては歌に感動して涙を流し…憧れの人のためにできることを学生なりに精一杯やっていた。
そうして月日がたち、ソロ活動が始まってから数年したあたりで、彼に前向きな発言が増えてきたように感じた。
「素晴らしい音楽仲間に出会って救われた」というような発言もあり(なぜかこの発言も一部KinKiファンに叩かれていたが)、TVでも笑顔の日が増えてきたのをみて、勝手にほっとして力が抜けるのを感じた。
そうして少し力が抜けた時、一方の自分は結局友人たち相手に仮面を脱げていないままだということに気付かざるを得なかった。
進路についても、15の時から敷かれたレールから外れる勇気が持てず、悩みはしたものの流れるまま入りやすい大学に入ってしまった。
闘って闘って、自分と自分のやりたいことを見つめ、それを表現する場や仲間を勝ち取った彼と、闘う勇気すら持てなかった自分。
今思うと、勝手に負い目を感じていたのかもしれない。
「剛くんが楽しそうに笑う時間が増えて本当に良かった」という思いは本物だったが、一方の自分を見つめたくなくて、だんだんとテレビそのものを見なくなっていき、ファンという立場からフェードアウトしていった。
時は流れて十数年後、2020年。
私はそこそこの企業に入り、そこそこの実績を得て、いい仕事仲間に恵まれ、パーフェクトではなくともそれなりに充実した生活を送っていた(相変わらず本音を語るのが苦手で、結婚は出来なかったけど)。
そこに来たコロナ禍。不謹慎だけどまじで暇。
お家時間で仕事に繋がりそうな分野の勉強もした。実際に仕事に繋がった。
でもそれだけでは埋まらない時間、私はネットを目的もなくうろうろした。ユーチューバーも初めて見た。迷惑系しか知らなかったけど、色々なタイプがいることを知った。
そんな中でKinKi KidsのThe Red Lightにいきついた。
もうさ、なに、
堂本剛、歌うっっっっま!!!!
昔から、生歌で鳥肌がたって胸がずーんと痛むくらいに歌が上手くて歌声が綺麗な人だとは知っていたけど。
高音だけじゃなくて低音もこんなにカッコよくなってるなんて衝撃だった。
彼が得た音楽という表現の場に真摯に向き合い続けて、進化を続けて得られた歌声、すごかった。
そこから貪るように堂本剛のこれまでの音楽を追いかけた。
そして知る彼の現在の音楽。
私が勝手に負い目を感じて見なくなっていた間に、彼は歩み続けて様々な壁を越え、アイドルという枠なんて完全に打ち破って、一人のミュージシャンになっていた。
堂本剛かっっっっこよ!!!!
こんなに尖った音楽をやっているなんて知らなかった。
私は良いも悪いも平均化してしまうモノよりも、尖ったモノの方が好きだ。
これを知ってからはもう、鹿せんべいに群がる鹿のように貪欲にCDやDVD,BDを買い集めている。もちろん新品で。社会人の財力プライスレス。
今まではジャンルを意識して聴いてこなかったから、ファンクと言われてぱっと思いつくのはUptown Funkくらい。でもこれも聴くというより感じる曲で大好きだった。
まさに"音を楽しんでいる"ファンクっておもしろい。
家で聞いていても思わず体が動いてしまいそうになるENDRECHERIの音の波を、はやくライブで体感したい。
それから、音楽だけでなく過去のラジオやTVの動画も探した(あまり良くないんだろうけど)。
そして、誰かの悲しみや悩みに寄り添い、共感し、決して否定せずに言葉をかける姿をみて、やっぱりこの人は素の部分が本当に純粋で優しい人なんだなと再認識した。
本当の自分をさらして、こんなに綺麗な人を他にちょっと思いつかない。私なんて仮面外したらヘドロみたいなもんやで。もはやそういう自分も受け入れているけども。
堂本剛という人は、私がついに真似できなかった道を歩み続ける強い人であり、だからこそ、その優しさや、脆さでさえ隠さずにあらわしてしまえる人だ。そしてそれを受け取った人は、彼に人としての美しさを感じるんだと思う。
ラジオを聴いたり日記を読んだりして彼の言葉に触れると、あくせく働いてすり減った心が修復されていく気がする。そして自分もちょっと素直になれたり、優しい気持ちを持てたりする。涙もろくなったのは思わぬ弊害だったけど(笑)
10代の時は自分のロールモデルとして、その生き方に憧れて応援していた。
そして今は一人のミュージシャンとして、そして一人の癒しをもたらしてくれる優しい人として、応援したいと思う。
さいごに、これを書いていて懐かしくなってしまって、久々に学生時代の友人達とのグループラインに投稿してみた。
「リモート飲み会でもしてみませんか」って。
今では住む場所も生き方もバラバラになっているけれど、どうやら10人近く集まりそうです。
十数年の付き合いで化けの皮はとっくに剝がれているはずなのに、いまだに付き合いを続けてくれる友人たちに感謝の気持ちを表して、いつもよりも素直に本音を話してみようか。
ひさしぶりだから、近況報告と思い出話だけで終わる気もするけども。