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<連載長編小説>黄金龍と星の伝説 ‐第二章/ふたつの葛藤‐ 第45話

ナジムの回想 -6

 城をぬけだして街へ出ていることは、母にもないしょのことでしたが、

しかしナジムにとって――、
小さな子どもたちだけで遊びまわっていることと、
街なかのどこにも年寄りのすがたをみかけないことは、
なにかそこに……、
重大な問題がかくれているようで、
そして、その疑問に答えられるのは、
やはり……、母しかいない。
 とナジムは思いました。

 ナジムは意を決して城へもどると、
母親の部屋の扉の前にきて、いちど大きく吸い込んだ息をゆっくりと吐きだして、
右手につくった中指の角で、框戸かまちどの框の部分を二度たたきました。

「ナジムですか? お入りなさい」
いつもの優しい母の声でした。

「……はい、」

 ナジムは扉をひらき、うつむき加減に扉をとじて、そっと母の顔色をうかがいました。

 サラは、そんなナジムのようすに笑みを浮かべて、

「どうしましたか? ここにいらっしゃい」
そう言って、腰かけたソファーの横に手招きしました。

 ナジムは母の横に座り、背筋をのばして、

――切りだしました。

「じつはお母さま。お母さまにないしょにしていたことがあります」

 サラは、ナジムを見つめました。

 ナジムは立ちあがり、床にひざまずき両手をついて、

「――じつは、
お母さまのお財布の中から黙ってお金を抜きとり、
街にでかけておりました。
 お許しください――!」
と深く頭を下げて、
母のかなしむ顔をおもいうかべました。

 部屋の空気がしだいに重さを増し、母のことばがあるまでのあいだ、ナジムは顔をあげることができませんでした。

 と、そのとき、ナジムをみつめる母の口もとに笑みがこぼれ、

「しっていましたよ、ナジム。
 あなたがこっそりと、おじいさまのお部屋からぬけだして街へ出ていることは、
最初からわかっていたことです」

 ナジムは顔を上げました。

 サラは、ナジムに顔を近づけて、

「だから……、
おまえに気づかれないように、護衛の者をつけておいたのです。
知らなかったでしょう?」
と口もとに手を当てて小さく笑いました。

 ナジムは、そのことばに胸をなでおろして、
『母には、自分が訊ねようとしていることが、すでに、お見通しなのかもしれない』
と思いました。

「あなたが持ちだした巾着袋の中身。
 あれは――、
いつか来るであろうこの日のために、わたしが用意しておいたのです」

 ナジムは母の顔を見つめました。

「あなたの使っていた小舟。
 おぼえていますか? ナジム。
 おまえと川遊びに出かけたあの日のこと――、」

 それは、ナジムが九歳のときのできごとでした。

 サムが城からいなくなって六年がすぎ、
ハン王子が病にたおれ、ふさぎこんでしまったナジムを誘いだして川遊びに出かけたその日のことでした。

 半日歩いてそろそろ帰ろうかと思っていたところへ、川のせきをみつけて行ってみると、堰と岸のぶつかる草むらのかげに小さな舟をみつけました。
 木の枝をつかって引きよせてみると、それは祖父といっしょに消えてなくなった、ナジムと愛用の秘密の舟でした。

 舟は、雨ざらしになって壊れていましたが、水のたまった船底に、鎖の切れた首飾りをみつけました。

 それは、ヨキ王妃とおそろいの、二つで一対になるペンダントで、サム王様が舟をおりるさいに、慌てて、櫂のさきにひっかけて切れて落としたものでした。

 すぐにそのことを察したサラは、
首飾りをもちかえり、妻のヨキ王妃に渡して、このことは三人の秘密になりました。

「はい。……えっ?」

 サラは、おどろくナジムの顔をたのしむように、

「そのときとおなじ舟を、わたしがつくらせたのです」
……と、ナジムの頬にふれました。

「お母さまが?」

 サラは、ナジムのうでをとりソファーの上に引き寄せると、
そのからだを抱きよせて――、

「それは母親ですもの。
 あなたのしたいことは……なんでもわかるのです。
 ナジム。」

 そしてからだを離すと、

「それで、ナジム――、
あなたは、
街でなにを観て来たのですか?」
 サラは、ナジムの瞳の奥をじっと見つめました。

『……やはり、母にはお見通しなんだ』

 ナジムは、自分が街で観てきたひとつひとつのことをはなしてきかせました。

 そしてなぜ、街に遊ぶ子どもたちのそばに、見守る大人がだれもいないのか? 

 なぜ、街のどこにも、老人のすがたが見当たらないのか?
――を、問いました。

 じっとナジムのはなしをきいていた母の表情がにわかにくもりだし、
祖父がいなくなり、父が病にたおれた、そのときとおなじけわしい顔になりました。

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