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<連載長編小説>黄金龍と星の伝説 ‐第三章/銅鏡の秘密‐ 第58話

対する力 -1

 ゼムラは、集めた重臣たちをまえにこう宣言しました。

「かつて、サムの一族はわが神の名をけがし、神に仕えし我が一族を『神に裁かれし一族』へとおとしめ、一族の権威も名誉も、いや、その命のすべてを奪い去ったのだ。

 そして今まさに、サムとナジムによって過去の歴史がくりかえされようとしているのである!

 今こそが、サムと一族の野望を打ち砕き、我が神の真の力をあまねく世界に知らしめるそのときなのだ!
 わが一族の神は、蘇るのだ!」
――と。

 しかし、重臣たちのなかには、ゼムラ一族とサム一族の血をめぐる争いに関わりをもたない異教の人びとや、
また遠い昔に遡れば、サムと種族をおなじにする人も大勢いたために、
それらの人びとは素性をかくして、
争いのまきぞえにならないように注意深く行動しました。

 しかし、サムが生還したことで、
復讐心に火の点いたゼムラは、
これらの人びとにも一族どうようの誓いを求め、
半ば強制の儀式を行わせて、神への忠誠を誓わせました。

 が……、
上辺だけの誓いは、人びとの心の奥にうごめくものをつくりだし、蠢くものは、
闇にかくれて独自の活動をはじめてゆくことになりました。

 一方――、
サムとナジムのはじめた一連の行動は、国民はおろか、家臣ですらその本意をくみとることができませんでした。

 サムとナジムのことばを信じて川辺を離れてやってきた人びとのなかには、
『敵意にあふれた者の中にいて、
慣れない仕事と、
目先の見えない国策に不安をつのらせているよりも、
貧しくてもおちつける、元の暮らしにもどりたい』
と考える人が増えつづけ、
これらの人びとのつくりだす遠心力が、サムとナジムの一団にあった求心力を奪いとってゆきました。

 ゼムラは、
『今このときであれば、サムとナジムを引っ捕らえ、命を盗ることも容易たやすいことだ!』と考えましたが、
『だがそれでは、長いあいだ苦しみつづけた、一族の屈辱も汚名も拭い去ることにはならない!』と、すぐに打ち消しました。

 ゼムラにとって、サム一族によって与えられた一族の苦しみとはずかしめと、
それによって流された血の泪の代償となり得るものは、
サムと一族に対し、
それ以上の苦しみと屈辱をあたえること以外、考えられないことでした。

 ゼムラは国中をまわり、用意した演台に登ると、民衆に向かって、
右手に拡声マイクを、左手に大きなジェスチャーを交えながらこう訴えかけました。

「陛下は、長らく留まりつづけたよその国で、しき信仰に染まり、
殿下は、そのことによって心の病におかされてしまった。
 皆、聴きなさい! これが陛下のことばである――」

と、身をかがめ、声色をまねて、

『われわれの心の中には、滅び去ることのない命があって、この命に不必要なものは、ただちに棄てよ!』
と、言うのだ。

『食べることよりも着ることよりも、魂をゆたかにすることを行え!』
――と。
 しかし――、誰が、自分が苦労して築きあげた生活を、
仕事を、財産を、
その場に捨て去ることなどできよう!
 これが、国民のことを考えている者の言うことばか?
 これは、
『国民をおもうがままに操ろう』
と――、目論んでいることの、なによりのあらわれではないのか!

 でなければ、正気の人間に、どうして、このようなことが言えよう!

 このように、われわれが豊かだとしている人間らしい生活を愚弄ぐろうする出鱈目でたらめな法など、ただちに葬り去らねばならない――!」

 こうしてゼムラは、街の人びとの不安をあおり、
危機感をつのらせ、
鬱積うっせきした不満に火を点けてまわりました。

「ゼムラ、」

「ゼムラ!」

「ゼムラ――!」

 街には暴徒のやからがあふれ、法の撤廃と、サムやナジムや七人の男たちに弾劾だんがいを迫る声が、まるで枯草の原野に放たれた炎のごとく、またたくまに国の隅々にまで飛び火してゆきました。

 ゼムラは、このような民衆の動きをつぶさに読みながら、

「我々には、神より与えられた自由があるのだ!
 この自由とは、人間がにんげんらしく、平和とゆたかさを実現してゆくことである!

――これは、人間にあたえられた権利なのだ!

……そして我々は、
われわれに与えられたこの自由と権利を、
われわれの手の中から奪い取ろうとする者から守るために、
戦わなければならないのである!

 今がまさに、
――そのときなのだ!」

と、熱弁を奮いながら、自ら演出した劇に仕立てて、
〝マギラ〟の発信する電波に載せて、
茶の間のゴールデンタイムにあわせて、
繰りかえし繰りかえし放映しました。

 自由――、

 このひびきは、
法にしいたげられ、
貧しさや不安やさまざまな苦しみに虐げられる――人びとの、
こころにかかえる闇に、
光を投げかける、
いつの時代にあっても、
どこの国にあってもかわらない、
――魔法のことば・・・・・・でした。

 しかし、ゼムラのかたるこの『自由』には、

『ただし――、

願いをかなえる〝マギラ〟にたいして、
わたしは、絶対服従を誓います』

という――、
誓約の一文が裏書きされてありました。

 この誓約こそが、
ゼムラ一族のつくりあげた、
〝マギラ〟最大の威力でした。

 ゼムラ一族は、
〝マギラ〟のなかに、
一族の神の力を蘇らせたのでした。

 ゼムラは、劇のなかでこのように訴えかけました。

「みなさん!
 みなさんの人生に襲いかかるさまざまな不安!
 そのふあんを、〝マギラ〟によってぬぐい去るのです。

 そして、ともすれば無意味にあふれ、
すぐに色褪いろあせてしまう毎日の生活に……彩りをあたえて、
そして夢と希望とよろこびにあふれる人生を、共に謳歌おうかしてゆこうではありませんか!」

 こうしてゼムラ主導による、サム政権に対抗するあらたな政権が立ちあげられてゆきました。

 街(町)のいたるところに新型・新種の〝マギラ〟が飾られ、
機能性とデザインを競いあう開発競争と情報合戦は、各社潰しあいの様相を呈しながら日々に激化し、一日中いついかなるときにも利益の享受できるシステムへと進化を遂げてゆきました。

 こうして提供されるサービスは、
ついに……、人間にあたえられた時間を生涯ついやしても味わいつくせないほどの量にふくれあがり、
人びとは、限られた一日の限られた時間に、
より濃密なサービスを探し求め、
それらの情報を手に入れたときには、
『自分は、いま、最大の自由を堪能たんのうできているのだ!』
と、信じることができました。

――それが、

裏書きされた誓約によって作りだされる、

見えない……足枷あしかせ

 とは、気づくことができずに。

……いや、気づいていたとしても、見逃されて。

 こうして人びとは、こころ安まるいとまを削りながら、〝マギラ〟の提供する無尽蔵の情報を日々の生活の中に蓄積してゆきました。

 そうして徐々に、
こころのなかにつくりだす景色を……、
〝マギラ〟の姿に似せてゆきました。

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