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<連載長編小説>黄金龍と星の伝説 ‐第三章/銅鏡の秘密‐ 第68話

ナジムの企て -2

「……この〝マギラ〟の中には、ゼムラですらコントロールすることのできない、実態をなさない力が働いていて、
したがって、
だれが独裁者になっても、
おなじ過ちを繰りかえすことになるのです。

 ほんらい、〝マギラ〟のもつ力の源には、
自然界をつかさどる力がはたらいていて、
この神聖な力にじゅんずることで、
はじめて……、
人間に、あるいは人間の生きる環境に、
有益となる出来事が生じるのだ。
――と、わたしは考えます。

 人はこの力に守られ、
そのはたらきによって、生きるよろこび・・・・・・・となるものを、
汲み取ることができるのだ……と。

 ところがゼムラと一族は、
『人間には、この力を自由にあつかう能力が与えられている』と考え、
その神聖な力の部分に手を加えてしまったのです。
そのために、
このまちがった知恵のつかわれ方によって惹き起こされる強い渇きが、
〝マギラ〟に投影されることになり、
〝マギラ〟は、
人間の欲望を映す鏡・・・・・・・・・と化してしまったのです」

 会場の中に響めきが起こりました。

「そして……それは、
そのようにはたらく力が、
過去の出来事のなかで生じてしまった。
――ということなのです。

……しかしゼムラは、その過去に生じた出来事のすべてを識っているわけではありません。
 その本当の理由は、その出来事のひとつひとつをひもといてみるまではわからないことなのに、
ゼムラと一族は、
それを一つの思いに凝り固めて、かたくなに守り通そうとするのです」

 村人は、身動きひとつできずにナジムの顔を見つめました。

「こうしてゼムラは、自己の願望を果たす道具……としての〝マギラ〟を、
先祖とおなじ過ちを繰り返すかたちで、進化させつづけているのです。

 そして、この〝マギラ〟を信じることが、
不完全な世界を守らねばならない悲劇・・・・・・・・・・・・・・・・・となって、世界中に拡散されているのです」

口々に、ことばにならない声が漏れました。

「……そしてこの、ゼムラ一族によって繰りかえされる過ちとは、
じつは、人類全体でかかえた課題である!。
――と、王は気づかれたのです。

 なぜなら、人間が、その心のなかに欲望と願望をかかえるからこそ、
〝マギラ〟はそれを捕らえて夢中にすることができるのです。
 もしそうでなかったら、
〝マギラ〟は、なにも捕らえられずに、
ただ……、人びとのあいだをしずかに通りすぎることしかできなかったでしょう。

 だからこそ王は、今のこの現状を、
〝マギラ〟の所為せいで終わらせてはならない! とかんがえ、
自らがこころのうちに惹き起こしているをもって、

『じぶんは罪人つみびとる』

と――、天に向かってうち明けられたのです。

『〝マギラ〟を、人間社会の脅威きょういにそだてあげている原因は――じぶんにある!』と、

人間が、自分の、人間的不完全さに気づかないかぎり、
そしてそのことをあらためてゆかないかぎり、
世界は、
ゼムラのような悲劇の人間を作りつづけることを止めない! 
――と、
その場で決断を下されて、
その身を天にあずけられたのです。

――ゼムラは、人間のその不完全さ・・・・を隠そうとするのです!」

 村人の呼吸が一瞬で凍りつきました。

「だからこそゼムラは、
じぶんの足もとのもろさを隠すために、
外見上は決して身近な人間をうたがう素振りを見せずに、
都合のよいお祖父さまやわたしたちに罪をなすけようとするのです。

……しかしその心中は穏やかではなく、
疑惑の念はすでに身辺の人びとに向けられているはず……。

 ですから今は、下手にうごくよりはしばらく様子をうかがって、
われわれはこころを一つに、王の奪還に向けて準備を整えてゆくほうが……賢明である。
と――、わたしは思うのです」

 村人たちは、しずかに呼吸をはじめ、たがいの顔をみあわせました。

 それから二日後の、実行犯を引き渡すべき期日のせまった、まえの日の晩、

 トントン、トントントン――、

 連日、サム奪還にむけたはなしあいをつづけていた夜更けに、戸をたたく者がありました。

「だれだ!」

 ヨーマは立ち上がり、戸口まできて身構えました。

「私です」
 それはサムの妻、ヨキ王妃の声でした。

「お祖母さま! どうして、」
と、ナジムは急いで戸口の戸を引きました。

 そこには、ヨキ王妃ともうひとり、被りものの下に顔をかくした女性が立っていて、
いかにも、街で裕福な生活を送っているのであろう、身なりの整った婦人でした。

「入ってください」

 ヨキ王妃に促され、建物のなかに入った婦人が被りものを取ると、

「……カナイさま?」
と、一部の人びとから声があがりました。

 カナイは、ナジムのまえにきて跪くと、

「おなつかしゅうございます。……殿下」
と、儀礼の挨拶をおこないながら、両手で顔をおおいその場にくずれました。

 ヨキ王妃は、ふるわす肩に手をおき、その髪にふれて、
「あとは、わたしがはなします」
と、小さく声をかけ、

そして立ちあがると――、

「ナジム。みなさん。陛下は救い出せます!
 カナイが――、すべてのことをうち明けてくれました!」

 カナイは、
かつて、サムの側近として仕えていたシムネの妻で、
シムネはゼムラ政権の下、国務大臣の職務に就いておりました。

 それは遡ること、サムがゼムラの謀略とは気づかずに城を逃げ出したそのあとのこと――。

 ゼムラは、〝マギラ〟撤廃の側にいたシムネの座を解くと、ほかの重臣どうよう、川辺の集落へ追放するカードを突きつけて、
もう片方には、自分への忠誠と国務大臣のポストをちらつかせてその選択を迫りました。

 シムネは、
サムへの裏切りと、家族の見窄みすぼらしい生活とを思い比べて悩み、苦しみましたが、さいごには、一家安泰と、職務遂行に専念することを決めてその道を選びました。

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