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<連載長編小説>黄金龍と星の伝説 ‐第一章/出会い‐ 第18話

戦士ルイ -4

「オッッ! おおお、、」

 そこまではなしたとき、サム老人は胸をおさえ、背中を丸めて激しく咳きこみはじめました。
 シンは立ちあがり、
「――もう、はなしはそれくらいにして、
どうかすこし休んでください!」
と、サム老人の背中を摩りながら、

『これ以上はなしをつづけて、
もし、命にかかわる事態にでもなったら、
自分の責任問題も問われるだろうし、
とにかくここは、
一刻もはやくお医者さんに診てもらわなくては』
と思いました。

 咳がおちつくと、サム老人はシンのをにぎりしめて、
ゆっくりとからだを仰向あおむけにしながら……、

「シン。死をおそれてはなりません」
と、シンのおもいを見透かすように言いました。

「シン……。死はあらたなはじまりなのです。
 人は死んで、肉体からはなれたあとも、
ことば・・・という、よりあきらかないのち・・・・・・・・・・になって生きつづけるのです」

 サム老人の目からはなたれるやさしいひかりは、
シンのこころにつかえている不安を、きれいに洗い流してゆくかのようでした。

「シン。
ことば・・・とは、永遠の過去から永遠の未来へとつながるいのち・・・なのです。
 人は、このことばを、
今に育てながら生きているのです」

 サム老人のひとみからふたたび輝くものがあらわれ、握りしめるてのひらをとおして、そこしれぬエネルギーがおくられてくるようでした。

 しかし、シンにはやはり、
サム老人のはなすことば・・・の意味が、
さっぱりとわかりませんでした。

 がそれでも、サム老人の言うように、
今ある心配はわすれて、あとのことは時の運命さだめにまかせよう。
と思いました。

……いや、それほどたいせつな時間が、
今、訪れているのだ! 
 と、シンには感じられました。

 サム老人は、

「……ありがとう。シン」
そう言ってちいさくうなずき、
ふたたび天井の一点をみつめて、信じられないような気力をみなぎらせて、
ゆっくりと……、確かなことばで、
旅のつづきをかたりはじめました。


*


 ルイは、その集団のリーダーで、
一日がはじまると、まず、仲間たちにその日の仕事を割りふり、各もち場をまわってはひとりひとりに声をかけ、――はげまし、
げんきのない者のはなしを聞き、
病気や怪我に苦しむ人びとを見舞い、力づけてまわりました。

 またルイは、いくつかのルールを定めていて、そのひとつが、なかまうちの役割や仕事を不定期にかえてゆく。
……というもので、
その人がその仕事によろこびをみいだすまでは定職につかせず、
自分が気に入り、ほかのだれの目からみてもよい働きぶりであると判断されるまでは、
生活にひつような最低限の賃金のみが支払われました。

 そして、よろこびをもって仕事に打ちこむ者との賃金の差額は、
なかまうちで運営されるさまざまな事業のために貯えられ、
またぎゃくに、
今の仕事が目に見える利益をあげていなくても、
こころの豊かさや生きがいにつながる。と、判断されれば、
生活するうえでひつようとなる最低の賃金が、つみたてた貯えのなかから支払われました。

 つまり仕事は、
ひとりひとりの秘めた能力を最大限に引きだすことを目的に、
また互いのよろこびを共有することを目標にいとなまれ、
その考えのみなもとには、金銭にたいする独自の理解がありました。

――つまり、
『金銭とは、
人びとのよろこびを実現するための、
町で営まれるさまざまな活動を円滑に運営するための潤滑油と考えるべきであり、
金銭そのものに価値の重きをおくことは、
人を個人のしあわせのみにはしらせ、
全体にとっての有益な機能をそこない、
結果、個人のしあわせそのものを阻害する原因となる』

 という明確な指針が打ちたてられ、
より価値のひろがる金銭のつかいかたを模索し、
より円滑に金銭をうごかす工夫を各自でもちよりながら、
『金銭の質をたかめよう!』

という気運にみたされておりました。

 このような考えのもと、仕事は、時間に拘束されることもなく、また賃金の高い低いにかかわることなく、人びとは、自分の納得する仕事に打ちこみながら、
生き甲斐となるものを探し求めました。

 このような考えは、いくどにもわたる意見の衝突と、そのたびにひらかれる原因究明と問題解決のディスカッションをかさねるなかで、

『集団生活で抱える問題とは、
一人一人のこころに抱えたもんだいの反映なのであり、
そのひとりひとりのかかえる、
……つまり、
たがいのちがいによって生じる考えのちがいを・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
無理解のままに放置する・・・・・・・・・・・

 その態度こそが根本的な問題なのであり、
この個人のちがいを、たがいに考える機会をつくり、はなしあいへとみちびき、
……見守り、
それを継続してゆくことで、
しだいに、
たがいのこころの負担の軽減できるできごとへと……、つまり理解へと、
導いてゆけるのだ』

――と学んだ、
個々の実践のつみかさねによって獲得された、集団的認識でした。

 そのため、
この集団におけるゆたかさは、
個々に達成されるものにはならず、
集団全体で達成されるべき……、
さらに言えば、
この星全体で達成すべき目標とされ、
ルイはそれを、

てんのしゃくど・・・・・・・と呼びました。

……そんな、一見、廃墟とみえた街のなかには、規模はちいさくても、学校や子どもたちのあそび場、
それに病院や図書館や美術館に音楽ホールや劇場までが整い、
まただれもが利用できるスポーツ施設や道場までもがありました。

 施設は、見ためは粗末にみえましたが、
しかしどれもが、綿密なコミュニケーションによってひとりひとりの意見がぜんたいのなにがしかに関わるよう配慮されたみごとな社会生活として営まれ、
それら施設の営まれるようすは、
サムにとっての理想のかたちにみえました。

 しかしサムには、
ひとつだけにおちないことがありました。
 それは――、
これだけの社会性にとんだ生活を営みながら、
なぜか……、教会や寺院とおぼしき人びとのこころのよりどころとされる場所やその象徴となるものが、
町のなかにも、
家のどこにもみあたらないことでした。

 サムにとってそれは、とても気になる問題だったので、
おそらくは、これからつくられるものであるのだろう……、
とおもいながらも、ルイにたずねてみると、

 ルイは――、

そのばしょ・・・・・を、それぞれのこころのなかにつくるためにおこなっているのよ。」と、答えました。

 ルイのそのことばは……、
まるで、大きな杖でもって、
あたまを鐘のように打ち鳴らされたかのような衝撃でした。

 そしてその後も、
……そのことばは、
サムのこころの奥深くにあって、
夜空の一番星のようにかがやきつづけました。

「……シン。
ことば・・・とは、
その人が、
その人の人生のなかにつくりあげてゆくもののことなのです。

 そしてことば・・・は、
けっして絶えることなく、
つぎの世代へとうけつがれ、
うけとられることで、
あらたないのち・・・・・・・になって蘇るのです。

 こうしてことば・・・は、
人によって人のなかで進化をとげながら、
はるかな過去からはるかな未来へと、
星のかたちにととのえられてゆくのです――」

……しかしあいかわらず、シンには、
そのことば・・・の意味が、
かすみのむこうにひろがるおぼろな風景にしかみえませんでした。

 サム老人は、
ふたたび天井の一点をみつめ、
さきほどの苦しいようすが嘘のように、
軽快な口調で、つづく噺をかたりはじめました。


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