<連載長編小説>黄金龍と星の伝説 ‐第一章/出会い‐ 第15話
戦士ルイ -1
サムが運びこまれたのは、建物の最上階に位置する部屋のようでした。
そこは、ほかの部屋とはちがい、間仕切りのとりはらわれたひらけた空間になっていて、ひとけはなく、部屋の真ん中あたりに置かれたストーブののぞき窓からもれだす一際あざやかな灯りが、夜の帳を、ユラユラユラユラとゆらめかせておりました。
ストーブのまわりにはいくつかの寝台がならべてあり、
男たちは火の近くにサムを降ろすと、二人がサムをかかえて寝台の上に横たえ、
……と、いつのまにあらわれたのか、女性が横に来て立っていて、
頭のライトに明かりを灯し、持っていた道具箱をひらいてすぐさま傷の手当てにとりかかりました。
「んー、折れているところはなさそうね。
四、五日すれば痛みもおさまるわ」
そう言って、なれた手つきで処置をすませ、
道具箱をとじて、
あっというまに部屋の外へ立ち去ってしまいました。
女性のすがたが見えなくなると、
二人の男が入ってきて、サムの身につけていた下着を脱がせ、湯に浸したタオルを絞ってからだを拭きあげて、
真あたらしい下着と服に着替えさせ、
シーツを取り替えて、
寝台の背に二枚のクッションを重ねて、そこにサムのからだをもたれさせました。
男たちは、サムのひざに二枚の毛布をかけおえると、くるりとからだを返して入り口へ向かい、扉の両側に分かれて壁を背にして並んで立ちました。
まもなく、暗がりにひびく硬い靴底の音があり、入り口の男たちのよこを通って近づく影のなかから……ルイのすがたがあらわれました。
ルイは、右手に湯気の立つカップをもち、サムのほうへちかづいてくると、
「おもったより傷がかるくてよかったわ。
のんで、元気がでるから」と、左手でカップの縁を摘まんで取っ手をサムのほうにむけて、
「あついからきをつけて」
と、手渡したその指を、自分の耳たぶにあててほほえみながら、サムの横に並んで腰を下ろしました。
しかしサムは、ルイの行為を察することができず、カップを持ったたまま俯いてしまいました。
すると、カップの中から立ちのぼる甘い湯気のかおりが、
俯けた顔をつつみこみ、記憶の底に沈めていた過去のできごとを浮かびあがらせました。
「……す、すみません。なんと礼をもうしあげればよいのか」
サムは俯いたまま、さらに頭を下げました。
ルイは、カップを持つサムの腕に左手をそえると、
「いいんだよ、そんなことは気にしないで。さぁー、飲んで。
冷えたからだを温めるんだよ」
サムは言われるまま、カップにそえられたスプーンをとって、湯気の立ちのぼる白いトロッとした液体を掬って……一口、口の中にふくみました。
すると、その熱くて甘い塊が……、
喉元をとおってからだの芯を下りながら、
まるで、
あたたかな陽の光につつまれて凍えたからだが解きほぐされてゆくように……、
懐かしい人びとの面影を甦らせてゆきました。
「すこしははなせそうかい?」
ルイは、サムのほうに顔を近づけてたずねました。
サムは、すぐにでも顔を上げて礼を言いたかったのですが、
突如――、懐かしい光景を切り裂き昼間うけた襲撃が二年半まえのあの夜の出来事と重なって、
サムは顔を起こすと暗がりの奥に目を凝らして、カチカチカチカチとスプーンを鳴らしました。
そのようすに、
「……とんだ、災難だったね。
でも、ここは安全だからあんしんして」
とルイは、サムの背中に掌を当てました。
サムはおおきく息を吐きだし……、
さらに、首を垂れました。
「ところで、あなたはさっき、砂漠のむこうから……って、言ってたけど、なにしに来たんだい? ……こんな国へ、」
その質問は、砂漠のなかでいのちを救ってくれた水売りどうよう、説明しようにも、砂漠のなかを二年半ものあいだ歩きつづけた理由が、息子の謀略から逃れるためだった……とは、とてもはなせることではありませんでした。
「仲間は? いるんだろう」
サムは頭をよこにふりました。
「ひとりで来たのかい?」
そのとき、過去の情景を焼きつくす砂漠の直射がよみがえり、
「どこだい国は?」
その問いに、
「すみません、それは……、
今はこたえられません」
サムは、ルイをみてすぐに視線をおとしました。
一瞬見た残像に、焚き火にゆれる端整なよこ顔が浮かびました。
「いちばん近い国でも、ラクダで二ヶ月はかかるっていうじゃないか。
馬やラクダも盗られちまったのかい?」
サムは顔をおこし、正面の暗がりをみつめて、
「いいえ、馬もラクダももちません。
あるいてきたのです」
と、視線をルイにもどして言いました。
「まさか――正気かい!」
ルイの質問に、胸はどんどんくるしくなり、とうとうはなしを切りだせないまま、
「すみません。すこし休ませていただけませんか……」
サムは力なく頭を下げました。
ルイは、そんなサムのようすに笑みをうかべて、
「――OK! わかったわ。とにかくスープを呑んで。ぐっすり眠れるから。
傷が治ったら町をあんないしてあげる!」
そう言って立ちあがり、男たちのほうへからだを返して、
影はまもなく、暗がりの奥に溶けるように見えなくなりました。
遠ざかる靴音をみおくりながら、
サムは、
そのうしろすがたに深くあたまを下げました。
独りになり、ガランとした部屋に目をもどすと、窓を覆ったカーテンの隙間に明かりが見えました。
サムはゆっくりとスープを飲み干し、背もたれのうしろの棚にカップを置くと、寝台の縁にからだを寄せて、
床の上に静かに足をおろしました。
するとそこに、履きものがそろえて置いてありました。
サムは痺れののこる足を履きものに通して立ちあがると、
重たい足をひきずりながら、壁をささえに窓ぎわほうへと近づいてゆきました。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?