<連載長編小説>黄金龍と星の伝説 ‐第二章/ふたつの葛藤‐ 第26話
コボルの王様 -2
遠まきにあった人垣の距離がしだいに近くなり、幾人かの人びとは身をのりだすように聴き入りはじめました。
「みなさん! 勇気をもって、自分の足を一歩踏みだしてください。
最初の一歩こそが、いちばん苦しく、そして重たく、決意をひつようとするのです。
しかし――、みなさんの感じるその重たさが、
まちがいなく、その先にひろがる世界へとつながってゆくのです!
――さあ、みなさん。
わたしといっしょに、その重たい扉をひらく一人になってください。
まず一歩、そしてつぎの一歩へと、
勇気をもって歩くことからはじめましょう!」
こうしてサムは、じぶんの殻に閉じ籠もるひとりひとりの手をとって、歩くことからはじめてゆきました。
永らくの生活で、ひもじさと用を足す以外に目的のなかった運動機能の回復は、
その第一のステップとなりました。
人びとは、その場に張っていた根っこを引っこぬくようにからだを動かしはじめ、そこに……、新しい風を感じました。
風は、いままで見ていた風景を一変させると、
……そこに新たな発見もたらしました。
発見は……、感動へとむすびつき、
いままで気にもとめていなかった人の顔を友の顔にかえて、
親しい会話がはじまりました。
親しい会話は、自分のなかに止めていた時間をうごかしはじめて……、
人びとは、うごきはじめた時間にまたがり、
――翼のひろがる音を聴きました。
それは、さいしょの扉のひらかれた証となりました。
こうして、少しずつではありましたが、
灯りのなかった暗いこころのなかに小さな明かりが灯されはじめ、
忘れさられていた笑顔に、みるみる明るさがとりもどされてゆきました。
サムは、
はなしに耳をかたむける人がふえるにしたがって、はなしの内容も変えてゆきました。
「人は孤独に生まれ、そして孤独のなかに死を受け入れてゆかなければなりません。
それは、いつの時代になってもかわらない、
生きることの定めであるのでしょう。
だからこそ人は、自分とともに歩いてくれる道連れを、生きる途上に探し求めるのかもしれません。
あるいはそれは、いずれかの知識や、技術や、芸術や宗教や哲学であるのかもしれません。
そして、
人が……、人から生まれ、
人のなかでしあわせが実現できるように、
このこころは、
支える相手を失えば、
しあわせのそのすがたすら見失ってしまうでしょう。
ですから人はまず、
この……、こころの支えとなる相手を見つけださなければなりません。
――そして、この、
こころの支えとなるもっとも重要な相手こそが、
紛れもなく、
このつまらないと思っている、
自分以外にはあり得ないのです!」
このとき、幾人かの瞳のなかで、
なにか――が、弾けました。
「しかし、〝マギラ〟を信じる人たちは、
この現実から目を逸らし、
〝マギラ〟の先に……、
自分を支える世界がひろがっているのだ!
と信じ込むのです。
そして、
〝マギラ〟の創りだす虚構の世界を、
この孤独な自分をしばる、現実の世界に、
持ちこみたい……と望み、行うのです。
見てください!
かつてみなさんが生活していた高い塔の社会には、そのことが、事実として蔓延しているのではありませんか?
しかし、このようなことをこのままくりかえしてゆけば、
やがて……人間は、
自分と〝マギラ〟との区別がつかなくなり、
苦しみを永遠に終わらせる装置なるものを、
自らの機能にしてつくりだす危険すら犯しかねないのです!」
このとき、人びとのなかにざわめきが起こりました。
「みなさん!
〝マギラ〟を中心にして世界がこのまま突き進んでしまえば、
いつかほんとうに、
人間のこころの世界は、絶滅の危機に陥るでしょう。
しかしみなさん――!
わたしたちは、
その苦しみとなるものを、
こころの支えにかえたことを忘れてはなりません!
孤独と苦しみを阻害してはなりません!
苦しみは、そこから立ちあがり、
歩いて……、
見て……、
考え……、
はなして……、
聴く……、
いきることのよろこびを、われわれに与えてくれました。
わたしたちは、この、こころにかかえる苦しみを、
切りすてることなく共にあゆみ、
そして、苦しみの果てにやって来るであろう
『真に美しい人間のすがた』
――を信じて、
未熟な足どりでも、ともに歩いてゆきましょう。
それが……、
高い塔に暮らす人たちが、
要らなくなったものとしていっしょに棄て去ってしまっている……、
『人間のほんとうのしあわせ』
――なのではないのでしょうか!」
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